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そしていつの間にか寮の玄関前。
さっきは四階建ての方の、しかも非常階段にちょろっと寄っただけやったから外装しか見られへんかったけど。

充達は当然のような顔で入っていくけど、俺はここでもカルチャーショックを受ける事になった。

まず、入り口が自動ドア。この時点で普通の学生寮ではない。
まぁ、さすがにこれは予想の範囲内やし、やっぱりなって溜め息吐いたらそれで流せるんやけど。
ほんで、土足やのに絨毯、無駄に豪華なシャンデリア、管理人室って達筆で書かれてる割りに洋式ホテルチックなカウンター。
ちなみにベルはチリンチリン鳴らす卓上タイプ。

そして極めつけが、広々とした開放感溢れるエントランスの真ん中。
設置する意図が全くわからん噴水と、その中央に鎮座された異様に筋肉質な女神様。

えっと…一気に説明してみたけどどっからツッコんだらいい?

「ねーさーん!何してんスかー?置いて行きますよー?」
「あぁ…、うん。行く行く」

エントランスを抜け充達を追いかけると、普通に大手コンビニチェーンと美容室がドンッて構えとった。
懲りずにツッコもうとする自分を戒め見て見ぬ振りを決め込む事にする。

そもそもここが学校の寮やと認識するから一々突っかかりたくなんねん。
そう、洸瀞学園は小さな国や。そんでここは国民全員が住むオシャレなデザイナーズマンション。コンビニ美容室あって当然!よし納得。

着いて行った先にはエレベーターホールがあり、四つ並んだ箱の一番左側に乗り込んだ。
乗り込むと充が7階のボタンを押し扉が閉まる。
中は言うまでもなく広かった。

静かにエレベーターが動き出して、不愉快な浮遊感…舌噛みそう、に身体が包まれる。
健太と次郎の会話を耳に挟みつつ、階を表示する電光板を見つめた。

おぉ、めっちゃ静かな癖に結構早いやんこのエレベーター。あーでも俺二階やから殆ど使う機会ないなぁ…。

とかまぁどうでもいい事を考えている間に目的の階に着いたらしく、軽快な音が鳴って不愉快な浮遊感…舌噛みそう、が終わった。
そして、全員が出るまで開ボタンを押して待つ充に感動。
第一印象からのギャップが激しすぎてちょっと戸惑う。

連れられるまま着いて行くと、一番端の角部屋で充達の足が止まった。
扉の真ん中には「大西 智宏」と書いてあり、その下のプレートは白紙になっていた。

「ここ?」
「あぁ」

健太がチャイムを押すと、ピンポン、と何ら普通の可愛らしい音が鳴った事にちょっとばかし安心。

「…でぇへんな」

チャイムを鳴らして少し経っても、部屋の中から動く気配は伝わってこんし、もしかしたら居らんのちゃう?授業出とんちゃう?的な雰囲気が流れ始めた時。

「もーダメじゃん健、そんな生ぬるい押し方じゃー」

おもむろに健太を押しのけたかと思えば、あろう事か次郎はチャイムに指を当て、

ピポピポピポピポピポピポ

「ちょちょちょっ!鳴らしすぎやて!!」
「だってぇー」

だってちゃうから!
チャイム連打は一種の暴行やから!耳と神経への!!
って充も健太も何落ち着いてんの止めぇよって次郎早く鳴らすんやめぇぇ!!

ガチャリ

「!」
「おはようございまーす寮長」
「眠怠い、…誰?」

冷静な三人を余所に俺だけが冷や汗をかいているおかしな空気の中、突如開いた扉からぬぅっと人が出てきた。
その人は長めの髪(つっても肩につくくらいやけど)を鬱陶しそうにかき上げてから、三人ガン無視で俺に向かって聞いてきた。

「あ、編入してきた染谷と言います」
「一応顔見せに来たんス」

頭の天辺から爪先まで、舐め回すような視線が高い所から注がれる。
トロンと眠そうな、とゆうか怠そうな態度で、寮長は首を傾げた。

居たたまれんくて充に視線で助けを求めると、舌打ちされて目を逸らされた。なんでや。

「…そうゆう事なんで、これで」
「あ、充…」
「失礼しましたー」
「さようなら」

律儀に会釈して方向転換した充を追うべく、俺達も一礼して踵を返した。
あんな風にジロジロ見られたら居心地悪い。なんか俺の本能が危険を感じてたし、これと言った用もないからさっさと帰りたい。

そんな俺の心の声を充が察してくれたんやったら、ただのチンピラから不良に昇格したってもえぇかなって思う。

「あ、待って」
「え?」

突然聞こえた声に振り返ると、寮長が大きな欠伸をしながらカムカムと手を動かした。

「今思い出した。書き損じてた書類預かってんのー、おいで」
「ちょ、大西さん!?」

次郎の問いかけも虚しく、寮長の背中は部屋の中へ消えていった。
おいでって事は勝手に中入ってこいって事やんな。書類書かなアカンみたいやし。
もー、書類位、理事長室で書かしてくれたらいいのんに。
オーナー頼むから仕事して。

「あー俺行ってくるわ。道案内してくれてありがとうな」
「えー!もっと一緒に居たいのにー!」
「コラ次郎、仕方ないよ」
「……祐希」

小学生テンションの馬鹿コンビを余所に、充がいやに神妙な顔を作った。

「大丈夫だとは思うけどな…何かあったらその……あそこ蹴っていいからな」
「は?あぁ、うん…」

不良のくせにオブラートに包んだ言い方が意外性抜群。
世の男性諸君の大事な所を足蹴にする想像は、もれなく自分にも痛みを思い起こさせ少し辛くなった。

するりと充の指が俺の髪の毛を左耳にかけて、小さなピアスにちょんと触れる。
見上げた赤い坊主男の顔にあからさまな厭らしい表情が乗った。

健太と次郎の視線が、俺のピアスを捕らえて。
驚いて目を見開く二人を尻目に、俺はとびきり満面の笑顔を浮かべた。

「またな」
「じゃあな、黒死蝶さん」
「「あー!!!」」

中々に意地の悪い奴め。
健太と次郎の叫び声を背中に、俺はいそいそと寮長の部屋に足を踏み入れた。
あー、面白かった。



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