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「祐希、祐希……ゆーちゃん」
意識がフワフワと気持ちいいところを漂う。
ベッドの中はいつもよりあったかくて、このまま目覚めるのはなんかもったいない気がした。
しかし、誰かがしつこく俺を呼び、肩を揺らす。
起きなあかんかなぁ…今日日曜日やのに。
手放し難いまどろみに甘えるよう、ぎゅっと手に当たるものを掴むと空気が震えたような気がした。
「ゆーちゃん可愛いなぁ…」
髪がするすると梳かれている。背中に広い何かが当たり、それは後頭部にも。
暫くそれが何か考えて、俺は漸くその不可解さに気付いた。
「…ん?」
パチリと目を開けると、目の前にはいつも通りの部屋の壁。
けれど俺が掴んでるのはどう見ても人間の手で、いや俺の部屋そんな趣味悪いぬいぐるみとかないししかも生暖かいとか、え?
なんか久しぶりに嗅ぐ香水の匂いが、え。
「ゆーちゃん起きた?」
背中にあったものが動いて、状況が掴めない俺の肩をぐいっと引いた。
コロンと仰向けになった俺が見たのは、赤い髪の英国王子様。
ではなく俺の義理の兄、十夜の姿。
にっこりと笑い自然な動作で固まる俺の頬にキス。欧米か。
「おはよ」
「おお、おはよよよ、」
何でナチュラルに俺のベットにおんねん。
「ゆーちゃん頭起きてる?今日父さんに集まれって言われてただろ?」
おかしそうに兄ちゃんが笑う。笑うとへにゃりと目尻が垂れた。
そんな兄ちゃんは普段全寮制の学校に通ってるから、土日しか家にはおらん。
でも最近は生徒会に入ったらしくて、土日も家帰ってこられんって電話口でわざとらしく泣き真似してた。
「ゆーちゃん不足で死んじゃいそうだよ…」てそんな死因この世にない。
そう言えば父さんが日曜日に大事な話しあるって言ってた気がする。なら兄ちゃんが久しぶりに帰宅してるのも頷けた。それはいいんやけど、と俺は微笑む兄ちゃんを真顔で見返す。
「何で一緒に寝とるん」
「ん?充電」
「さいですか…」
にこやかに、かつ爽やかに言われてもたら返事できん。
この爽やかさに対抗出来る人がおったら今すぐ顔貸してほしい。俺の下僕候補に入れたろうと思う。
「ちょっと!いつまでいちゃついて…あーっ!」
俺、プライバシーないなぁ…。
ばんっと自室のドアが開き、そこに腕を組んで仁王立ちする少女、心。
兄ちゃんの妹で、つまり俺の義理の妹にあたる。黙っていれば清純派美少女に見えるけど、口開いたら声のでかいじゃじゃ馬。でも可愛い。
「心も帰ってたんか、おかえりー」
起き上がってヒラヒラと手を振ると、嬉しそうにただいまゆーちゃんっと笑った。大きな瞳が細まる。
か、かわいー…!
「じゃなくて、兄さんばっかりずるい!心だってゆーちゃんと一緒に寝たい…っ」
「うーん、心にはまだ早いよ」
「や、意味わからんから」
むしろお年頃になる前やないとあかん気がすんねんけど。
間違い?俺何か間違ってる?
キャンキャン吠える心とさらりと受け流す兄ちゃんを尻目に、俺はうーんと伸びをして立ち上がった。
「もう父さんと母さん下に居るよ。行こうかゆーちゃん」
「おぅ」
「ちょっと兄さん、聞いてるの!?」
「心ー、行くでー」
「うん!」
変わり身早っ。
呼ぶと俺の手をぎゅっと握って早く早くと急かす心に苦笑し、俺たちは一階のリビングへ向かった。
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リビングに続く扉を開くと、もう父さんと母さんはソファに座ってゆったりと珈琲を飲んでいた。
えー、手繋いでんのは、幻覚です。
思春期の息子にはかなりいたたまれない気もするけど、もはや慣れた光景である事は確か。
「おはよ、ゆーちゃん」
「おはよう、ゆーくん。十夜も心も座りなさい」
俺を挟んで両側に兄弟。向かいのソファに手を繋いだままの両親。
母さんと、新しい父さん、染谷隆司。
彼はそう、なんとあの染谷さん。
あの後二人は高校生カップルのように愛を深めてしまったらしく、今では新婚ホヤホヤ状態を継続させている。
父さんはすごく優しいし、俺も好きやから再婚は大賛成やった。誰よりも母さんを幸せに出来るのは僕だと言い切ったこの人に、少しの悔しさを感じたのは俺だけの秘密。
「で、わざわざ話しって何?何かあったん?」
「そうなんだ。色々あってね、父さん転勤するんだ」
ねー、と母さんと目を合わせ、父さんは首を傾げる。目が痛い。
兄ちゃんは不思議そうに目を瞬いて、何故か俺の頭に手を置いた
「珍しいね。どこに行くの?」
「ん?ニューヨーク」
「母さんも行くんよ」
だから、ねーってすんなって。
ん?…ニューヨーク?
「おおお俺どうすんの!?」
「俺と心は寮だからなぁ…」
「って事は…ゆーちゃんも一緒に行っちゃうの!?」
両隣の兄弟も俺と同じように驚いている。
社長さんでも転勤すんねや、とか感心してる場合じゃない。
俺は外国が無理な自信があった。
三日で日本帰りたいって泣く自信ある。アイラブじゃぱん。
ひしっと俺の腰に抱きついてキャンキャン吠える心の小さな頭を撫でてやると、不安そうな顔で見上げて来た。アイフルのCM再来。
「そうなんだよ。ゆーくんの事なんだけど…」
「お、俺自炊出来るし、てか家事出来るし!問題なかったら残りた……い………んですけど…」
「あんな、ゆーちゃん」
力強く言い返そうとすると、父さんと母さんからものすごい癒し系オーラが漂ってきた。
別名、最後まで話しは聞きなさいオーラ。
心は相変わらず抱きついてくるし、兄ちゃんは何でかニコニコと嬉しそうに笑ってる。
「え、何なん……」
「ゆーくん、十夜の通ってる学校に編入しない?」
「やったーゆーちゃんと同じ寮」
「兄さんズルイ!」
「ちょ、はぁ!?」
さらりと言い放った両親に信じられないと視線をやる。
すると父さんは優しそうな眉を少し垂れさせて、あははと笑った後数枚の書類をテーブルに差し出した。
「まぁ、もう編入手続き完了しちゃってるんだけどね」
「当事者の意見は!?」
「あはは」
「笑い事ちゃう!」
しかし、俺がどれだけ戦慄こうと、癒し系夫婦に勝てた試しは一度としてなく。
「嘘やん…」
そんなこんなで高校に通い出して最初の週末、俺は華のないメンズの園、光瀞学園(こうじょうがくえん)に放り込まれる羽目になったのだった。
「アンビリーバボー…」
ま、なんか楽しそうやからいいけどな。
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