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いつものデスクに向かう梅やんは、コーヒーを啜りながら軽く笑って手を上げた。
さすが梅やん話しがわかる。その気さくさが堪らんぜ。
「ヒロ、ちょっとここ座って」
お言葉に甘えてベッドの一つにヒロを投げ出して、途端軽くなった体を解すように首や腕を回す。
ボキベキ、と鳴る間接がどんだけ辛かったか表してるよな。ヒロでかくなりすぎ。
「梅やん、ごめんな」
「あぁ、いいぜ。と、その代わりっちゃ何なんだけど、手伝ってほしい事があんだ。手間は取らせねぇし」
「梅やんの頼みやったら!ヒロ、ちょっと待っといてな。すぐ話し聞いたるから」
申し訳なさそうに手を合わせる梅やんに了承を返して、投げ出されたまんまの状態で目を閉じるヒロの背中を叩いた。
うーん、隈出来とう位やから眠たいんやろか。
それやったらちょっと寝かせたるんもえぇかもな。
そう思った俺は掛け布団をヒロの首下まで引っ張り上げて、カーテンを閉じ梅やんの方へと向かった。
「で?何ー?俺役に立つ?」
「充分。こっちなんだけど」
「はーい」
隣の部屋に繋がってるんであろう扉を指差し向かう梅やんの後ろに着いて行く。
「いやーわりぃな」
「いいって。てか梅やん、髪の毛切った?」
梅やんの襟足が少し短くなってて、何となしにそう問い掛ける。
扉を開いて俺を先に中に通した梅やんは、うんうんと頷いた。
「よくわかったな」
「おう任して!それに…香水も変えた?なになに、彼女でも出来たんけー」
何や梅やんも結構メルヘンな奴やんと笑いながら見上げる。
梅やんも笑いながら、後ろ手に閉めた扉の鍵をガチャリとかけた。…鍵かけた?
「……梅やん?」
「中々聡い野郎だな。でも詰めが甘い。梅吉を信用しすぎだ」
「は?どわぁっ!何すんねん!」
「何って…イイコトしようかと」
ニンマリ、そんな表現がピッタリな顔で笑った梅やん……のトッペルゲンガーは、薄暗い部屋の床に豪快な音を立てて俺を押し倒した。
背中痛い。え、何かジンジンする!時間差か!
「待て待て待て。え、あんた誰?」
「東竹吉(あずま たけきち)。梅吉の兄様で理化教師」
「……松吉もおんの?」
「ハ。どうだろうなぁ?」
松竹梅とかかっちょいい。気になる気になる!とか言うとう間に脱がすな!ひぃぃぃキショイ!
「教師が何やっとんねん!」
「最近ちょっかいかけてた奴が大男とくっつきやがったから暇なんだよ。文句でもあるのか」
「あるに決まっとるやろ」
募る苛々に気付く様子もなく、クソ竹吉は俺のシャツを捲り上げてくる。
そんな抵抗されるって思ってないのか、はたまた自分が相手で抵抗された経験がないのか、腕は抑えられてるものの足は割と自由やった。
「美人なんだから可愛く喘いでろ」
「あはは。むーり!っし…ね!」
「…………っ!!!!」
その自由な足、勿論利き足の方を使って、馬乗りになって足を開いてるその中央を蹴り上げた。
手加減?ナニソレ。ワタシニボンゴワカリマセーン。
「ど・け」
「ぐぉお…………っ」
そりゃもう気持ちいい位気を抜いてて下さったお陰で、すんなりクソ竹吉は床にゴロリと転がった。
その隙に起き上がって服を直す。あー気持ち悪い。
みっともなく股間を抑えたまま踞る姿は、写メってチェンメにしたいくらい面白い。何で携帯持ってなかったんや俺不覚。
「襲う相手は選ぼな、変態。じゃ!」
自分に不貞を働いた人間を助ける気になんかなるはずもなく、俺は痛々しい変態を放置したままさっさと保健室へ戻った。
と、そこには本物の梅やんが。
「あ?祐希、どうしたんだよそんな所から出て来て」
「あー梅やんや!本物や!」
「本物…?っは!」
一瞬考えるように首を傾げた梅やんは、思い当たる事があったんかして怖い顔のまま隣の部屋へ続く扉を開けた。
そしてすぐに閉めた。
「…退治、ご苦労さん」
「どいたまっ!」
梅やんの瞳に浮かんだ涙は見て見ぬフリして、俺は手を上げて答えた。
「めちゃめちゃ似とんな。双子?」
「いんや、竹は三つ上」
「へぇ。…なぁ、松吉さんもおんの?」
「え!?何で知ってんだっ」
そりゃあ、まぁ、わかるやろ。
「松は俺の五つ上。松も教職に就いてんだ。職場は違うけどな」
「もしかして両親も教職員?」
「ぇえ!?エスパーでヒーローなのか祐希って」
いやだからわかるやろ。
どんだけ優秀な家系やねんビックリするわ。むしろうまくいきすぎてビックリ。
手際よくコーヒーを入れる梅やんの背中を見送って、ヒロのおるベッドのカーテンを少し開けて中を見遣る。
さっきのままの体制のヒロは、イビキもかく事なくまさにスヤスヤと寝息を立てていた。よっぽど眠たかったらしい。
もう暫く、何やったら目が覚めるまで寝かせたろうと思って、俺はまたカーテンを閉じた。
「ん、飲むだろ?」
「いただきます。あんがと」
デスクに腰掛けてコーヒーを飲みながら、もう一つ俺の為に入れてくれたカップを指差す。
ありがたくもう一つの椅子に座らせてもらって、甘味のないカフェオレを啜った。
「てか何で竹吉が?」
「あぁ。…授業なくて暇な時、たまぁにこうやって俺の振りして遊ぶんだよあいつ。趣味わりぃ…」
「大変やな、マジで」
やれやれとコメカミを押さえる梅やんの方が兄ちゃんぽい。
末っ子ってもっと我が儘担当ちゃうっけ?
…反面教師か!事実教師やしな!
「いつか訴えられて捕まんで」
「そんな事はない」
「あ、出てった」
梅やんと共にさっきの扉を見遣ると、開いたままの扉に掴まってほんのちょっと内股な竹吉が出て来てた。情けない恰好やなぁ。音声は気丈やけど映像が悲惨。
「竹…お前もう懲りろよ…」
「何を言う梅。やめられん」
「あほやん」
あほやあほやとは薄々感じてたけど、この人ホンマもんのあほや。あほ吉や。
今まで俺の中のあほランキング一位は堂々の寛哉やったけど、これはもうあほ吉に称号を授ける日が来てもたんかもしれへん。だってあほすぎる。
「お前!」
「なんや」
「いつか犯してやるからな!」
「はいはい」
ビシッと俺を指差したあほ吉は、踏ん反り返って鼻を鳴らした。内股で。あほキング。
そんなあほ吉を冷めた目で見ていた梅やんは、コーヒーを啜って長い溜め息を吐いた。
「竹…こいつにあんま構うなよ。とりあえず兄貴と会長に殺されるぞ」
「………こいつ、名前は?」
まぁ確かにな、と不遜にもそう思った俺は、固まったあほ吉ににっこりと笑ってやった。
「染谷祐希でーす。よろしくな、竹吉せ・ん・せ!」
「お邪魔しましたさようなら今後会う事はないだろうさらばだ!」
さぁぁと面白いくらいに青ざめたあほ吉は、ノンブレスでそう言いそそくさと保健室から出て行った。
慌ててたんか、ビシャン!と強く扉を閉めて。
慌てんでもこんくらいチクったりせぇへんのに。報復はちゃんとさしてもろたしな。
てかそんな怖いのん、あの二人。
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