11 side-ume

丁寧に巻かれていたはずの足首の包帯を、これまた丁寧に解いた梅吉は眉を寄せた。
昨日自分が施した湿布とテーピングの下、足首の腫れが酷くなっている。
手を当てると焼けそうな程熱を持っていて、きっと動かさずとも激痛に苛まれている事が安易に想像出来た。

「…梅やんの手、冷たいね」
「ったりめぇだ馬鹿。つか音梨までその呼び方すんのかよ」
「あれ?ダメ?」

広めようかと思ってたんだけど、と微笑む姿は、少しの悲壮も垣間見せる事はない。
容姿は可愛らしいと言われる小さな青年だが、その実中身が男らしく強いのを、梅吉はここ暫くの接触で嫌という程目の当たりにしていた。

ここに勤めるようになってから、生徒の大半が子供らしく素直だと知った。
けれど、その素直さが幼稚園児のように人を酷く傷付け、傷付けられ、笑いのネタにならないくらい刃として牙を向く事も同時に、知った。

外の世界に居れば異様な環境だと言われるものも、ここの生徒にとっては秩序なのだ。
若輩者故犯す間違いも、正す事が出来ない程浸透してそれすら法律と言わんばかりに。

けれど、彼らは彼らなりに本気で、必死で、なりふり構わずに生きているのも、見てしまっていた。

「…僕ね、」
「うん?」
「最近、思うんだ」

新しい湿布とテーピングを取り出す梅吉に、独り言のように壱葉が呟いた。

強気な瞳が今は緩く伏せられていて、それが本来、どれだけ大人ぶっていても彼がきちんと子供である事を梅吉に見せ付ける。

「この学園に居なきゃ、会えなかったけど。好きにならなかっただろうけど。…そんな大切な奇跡に遭遇出来た癖に、ね?……ここじゃなきゃ、自由に人を好きになったり、友達と馬鹿出来たのかな、って」
「……かもな」

自嘲気味に漏らす笑みはいっそ痛々しい。
荒ぐ心をそっと抑えて、梅吉は手の動きを再開させた。

「自分がこうなって、本当の意味で、この学園の風習はおかしいんだってわかった。…最低だよね、こんなの」
「ちげぇだろ」

咄嗟に出た言葉に苦く笑って、壱葉は首を振る。
まるで、そうだ最低だと同意して欲しいと言いたげだった。

「三浦様の事は好きなんだ。…でも、ね…ちょっと、疲れたな…。何だかんだ言って、僕は今たまに話せる距離に満足してるのかもしれない。…それって、どういう事なんだろう」

いつも揺るがない彼の心が、グラリグラリと揺れている。
根底にあるものが何かわからなくなって、心底困ったように窓の外に目を遣る。

ピリ、とテーピングを指で切った梅吉は、強く歯を食いしばった。

詳しい事は壱葉が話さないし、梅吉も聞くに聞けず終いではっきりとわからない。

ただ、基本的な学園情報から見る彼が温厚で、少なくとも人を陥れるような事をする人間でない事は知っていた。
そしてここ暫く、こうして怪我の処置をする度に、それは梅吉の中で事実として捉えられていった。

何故、そんな彼が、こんな目に合わなければならない。

悪意に操られた誰かに危害を加えられて、学生最後の旅行にも行けず、それでも尚、人を責めずに。

そう思うと、止まらなかった。

三浦環が悪い訳ではない事も、充分に承知していたけれど。

「…そいつが、音梨に何をしてくれんだ」
「え…?」
「そんなんなっても好きで居てやるだけの価値、そいつにあんのかよっ…!」

握り拳が白くなって痛みを訴えても、梅吉は掴んだシーツから手を離さなかった。
彼はもっと痛い。
何でもない顔をして、体にいくつもの被害があるのを、保健医である梅吉は全部知っていた。

顔を上げれば驚いたような壱葉の顔。
その横髪に手を差し入れて、梅吉は怒気を逃がすように息を吐いた。

「俺、に、しとけよ…」

涙で張り付いたサイドの髪を耳をかけてやって、梅吉は懇願するように言う。

壱葉はただ、悲しそうに笑ってみせた。

「お前がそいつを想う以上に、俺がお前を大事にするからさ…」

こんな、弱ったところに付け込むようなやり方、卑怯でしかない。けれど言わずにいられようか。

情けないのを承知で壱葉の肩に額を預けて、梅吉はもう一度告白めいた台詞を呟いた。

「…馬鹿じゃないの、梅やん」

天井を見上げて、ひっそりと目許を拭った壱葉に気付く事のないまま。



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