「よし、それじゃー祐希、何かあったらすぐ連絡入れろよな」
「おう」

特別校舎へ続く渡り廊下の扉の前で、陸と二人見回りのルートを確認する。
陸は下から、俺は上から。
見回り一日目、つまり昨日やけど、同じ事をしたから要領は掴めた。後は二日目の今日、何もなく平和な事を祈るだけ。

「ほな上がるわー」
「うん、じゃ、また後で」

陸と別れて、携帯だけをポケットに入れ階段を駆け上がる。その度に蒼空と圭に遊ばれたポニーテールが、さわさわとシャツだけの背中を擽った。

「さてー、とー」

確認して回る全教室の名前が書かれた紙をポケットに閉まって、端から一つずつ見て行く。空気入れ替えの為に先生が開けた窓があったら閉めたりして、どんどん作業を終えた場所を紙に印す。

「誰もおらんなー」

一人呟いた声がリノリウムに反射して響く。
もうとっくに生徒は帰ってる時間で、誰もおらんのは当然やけど。

窓から見える空は若干の青さを残しながら、けれど端の方が濃い暖色に染まりつつあって、めっちゃ綺麗やった。

「っし。パソコンルームは異常なーし…んー…?」

三年の教科を終えパソコンルームを終え、後は美術室と空き教室だけかと紙を見ていると、小さな、耳を澄まさんと聞こえへんようなくぐもった声が聞こえた。気がした。
普通は気にも留めへんような些細な音。けど、こうゆう場面に慣れた俺の耳は安易にそれを拾い上げた。

「美術室…いや、空き教室の方やろか…」

足音を潜ませながら、音の発信源へと探り歩く。
無駄に響く音を今度は鬱陶しいと舌打ちを堪えて、空き教室に差し掛かった時やった。

「……っ、やめ、…こ……思……」
「ちょーっと……、……ってね」

内容までは聞こえへんものの、人が会話をしてる事ははっきりとわかった。
そうっと扉についた小さな窓から覗き込む。

中には案の定、座り込んだ男が一人、その人を囲む男が6人おった。

「チッ…!」

乗り込むか、と踏み出そうとした俺を、陸の言葉と携帯電話が引き止める。
チラリと見たそいつらはまだ、話し途中らしい。連絡入れる時間くらいあるかもしらん。

もうちょっと待っとって、ごめんな、絶対助けるから。
そう心の中で何度も頭を下げて、隣の美術室の入口でしゃがみこんだ俺は、急いで陸の番号をコールした。

たったの2コールが、長い。
思わず携帯を床にたたき付けそうになる自分の短気さを蹴り上げたくなった。

『どうした?何かあった?』
「陸!今四階の空き教室で、………っクソ!」
『ちょ、祐』

可能な限り潜めた声で事の詳細を伝える途中、空き教室から突然大きな衝突音が響いた。

机と机が力一杯ぶつかったような、激しい音。

もう無理や、と衝動的に電話を切った俺は、隣の教室へと走った。

注意を引く為というよりも自分の怒りのままに、強く扉を引く。
ガタン!と大きな音を立てた俺に、驚いた中の人物達は一斉にこちらを見た。

「何しよんねんおどれら……っ壱葉先輩…!?」
「ゆ、祐希君…っ!」

しくった、と後悔した。
俺が電話をしに行った短い時間に、座ってた人物の着てた服はビリビリと破かれ床に散らばって、その体や顔にはいくつもの痣がある。

その人が壱葉先輩と気付くのに、そう時間はかからへんかった。

「誰かと思ったら染谷弟かよ…」
「こいつ強ぇんじゃん?逃げる?」
「いや、」

加害者である6人の中で、伺いを立てられた一番偉いであろう男が俺をじっくり見る。
そして笑った。

「喋れなくしとかねぇとそれこそマズイだろ。……一緒にやっちまうか」

そう言って、右手に持っていた角材を肩にかける。
その余裕しゃくしゃくな態度に勇気付けられた残りの五人も、各々殺傷能力の高そうな武器を持って笑んだ。

こうゆう場面は昔から何度も経験があった。
でも、背筋に冷や汗が流れるのを止められへん。

その時俺は一人じゃなかったし、守らなアカン人もおらんかった。

「へぇ、やれるもんやったら、やってみぃや。…死ねボケ共!」

でもそんな言い訳、するだけ時間の無駄やろ。
どんな状況であっても、やらなアカン。勝てると信じなアカン。
壱葉先輩を早く、助けなアカン。

勢いよく飛び出した俺に、威勢のいい男達五人が同時に向かって来た。

「祐希君、逃げ…っ!」
「逃げる訳、ないやろがっ!!」

何の計算もされず振り下ろされる鉄パイプやバット、角材をスレスレで何とか避ける。
明らかな俺の不利を感じてか、男達の動きは意気揚々としていた。

「っぐ…!」
「後四人」
「てめぇっ!」

それでも素人の動きには隙が少なからずある。
そこをついて一人目の腹に思いっきり拳を埋め込んで、倒れたその背に足を乗せた。

仲間がやられた事に憤慨するだけの優しさはあるらしい。
次いで向かって来た男の横面に蹴りを入れて、俺は後三人と呟いた。

このままいけば何とか、何とかなるかもしれへん。
一応、途中で切ってもたけど陸にも場所は伝えたはず。
その応援が早く来てくれたら、何とか。

「なぁ、染谷弟」

その声に、俺と共に残り三人の動きも止まった。
視線の先は壱葉先輩。そしてその隣に立つリーダーの男。

その男は嗜虐的な笑みを浮かべて、角材を振り上げ停止していた。

「わかるよなぁ?俺の言いたい事」
「ダメ…ダメだよ祐希君!僕は大丈夫だから!」

腐っとんな、と嫌悪感から表情を歪めた。

壱葉先輩は気丈にも、縛られたまま動けないにも関わらず首を横に振って、絶えず逃げてと呟く。
目は真っ赤で今にも泣きそうやのに、それでも濡れた形跡のない頬が痛ましい。



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