19/END


「俺はお前を諦めることを諦めた。だから、多分この先色んなことがあって、やっぱ男同士で付き合い続けんの無理かもって、お前がつらくなっても……今日みたいに手離そうとしねえから。ずっと隣歩いてっから……」

 段々と気恥ずかしさが顔を出してきて、暫し言葉に迷う。だから大雅は男の手を強く握り、言われた台詞を反復した。

「お前も、他の人生は諦めてくれ」

 言い切った途端、諒太が空いた手でゆっくりと顔を覆う。長い溜め息を吐く姿は安堵しているように見えた。

「よかった……別れ話だったら命賭けて脅すしかないって思ってた……」
「馬鹿だろお前」

 短い罵倒を嬉しそうに受け止めた諒太は、手を降ろして顔全体に笑みを滲ませた。

「うん。あのね……その台詞、そっくりそのままお返しします」
「……おう」

 繋いでいただけの手が一瞬離れ、指を絡ませるように組まれる。誰が見ても幼馴染には見えない握り方だったが、大雅はふざけている演技をすることなく歩き出した。
 後方から自転車が二人を追い越しても、手は離さない。例えばあれが知り合いだったとしても、態度は変えなかっただろう。

「俺な、お前に話したいこと山ほどあんだ」
「なあに?」
「夢の中でお前がグイグイきたこととか、愛希奈のこととか……後、実はエロ方面でお前の趣味に文句あるし」
「えっ、開発計画バレてた!? で、でもね、悪気はないんだよ? 大ちゃんイカせるのが楽しくてつい……っていうかほら、俺でしか感じなくなったら最高だと思うでしょ?」
「落ち着けよ、それ全部初耳だわ」
「ぼ、墓穴掘った!」
「おう、後で覚えとけ」

 気まずげに唸る諒太を横目に、大雅は和やかな気持ちだった。

「つーか俺に不満とかねえの? これからは言えよ、そういうことも」
「え、ないよ? 大ちゃんは何しててもカッコ可愛い俺の大ちゃんだもん」
「あっそ」

 言葉にされる好意がむず痒く、ふいとそっぽを向く。すると繋いだ手を揺らし、視線を誘った諒太は嬉しそうに破顔した。

「大好きだよ、大ちゃん」
「……ん、俺も」
「後ね、ごめん。怒んないで聞いてね?」
「おう。何?」
「大ちゃんの位置情報、携帯で確認できるように設定してた」

 校内での告白現場遭遇率の高さも、事務社員との帰り道も、商店街にいたはずの大雅を見つけられたことも、全てGPSの恩恵だったのだろう。いつ設定したのかは知らないが、こっそりと大雅のいない間に携帯を触る諒太を想像すると呆れより可笑しさが先行した。

「馬鹿お前、それストーカーじゃねえか」
「怒ってる?」
「別に。位置情報くらい好きに把握しとけ」
「うん!」

 目を輝かせて頷く諒太に、隠したいことは何もない。居場所一つで彼のこんな笑顔が見られるならば安いものだ。
 他愛ない話をしながら歩く内、二人の視界には諒太の実家が見えてきた。遠目ではあるが、玄関先に早智子と隆史が並んで立っているのがわかる。

「こっち見てるな」
「だね」
「お前が連絡したのかよ」
「うん、大ちゃん追いかける前にね。二人で帰るから待ってて、話があるよって」
「度胸あんな」
「違うよ。俺はね、大ちゃんの逃げ場を全部潰したいだけ。知らなかったでしょ」

 爽やかな王子フェイスを微笑ませて言う台詞ではない気もしたが、大雅は満足だった。
 親へのカミングアウトを進言した諒太と、それを快諾した大雅は同じ思惑を抱いていたのだ。夫婦は共に過ごすにつれ似るのだと言うが、自分達もそうであったならこれほど誇らしいことはない。

「兄弟になっちまってもいいか?」
「いいよ。恋人で幼馴染で兄弟とか超お得な三点セットだと思う」
「反対されっかもな」
「一緒に謝り倒してくれる?」
「そのつもり」

 示し合わせたわけではないのに、抱く決意も同じだ。気が抜けてしまった大雅は渇いた笑い声で真冬の空気を震わせた。

「はは……っ手、繋いでんの見られてんな」
「うん、めっちゃ首傾げてるよ。……あ、顔見合わせてる」
「怖えなあ」
「怖いね。……ちょっとだけね?」

 強がる諒太を流し見て、大雅は「俺もちょっとだけだ」と嘯く。本当は心底怖がっていることを、お互いわかっていた。
 早智子は、隆史は、二人の交際を知ってどんな顔をするだろうか。いい想像も悪い想像も同じ数だけ脳裏を過ぎり、膝が笑いそうだ。

「なあ、諒太」
「ん?」
「人生やり直せんなら、お前はどうしたい?」

 実家へと一歩近づく度に速まっていく鼓動音から意識を逸らしたくて、脈絡のない問いを投げた。それはほんの少しの好奇心でもある。大雅が諒太に告白しない人生を望んだように、諒太にも選び直したい選択肢があるのかどうか、子どものような無邪気さで答えを待つ。
 すると諒太は前を見据えたまま、繋いだ手をまるで見せつけるように大きく振った。

「今度はね、俺が大ちゃんを口説いて告白するよ。俺がいればいいよね、俺と付き合おうよって」
「馬鹿、人の告白パクんなよ」
「同じ気持ちだったんだもん、仕方ないよ」

 屈託のない笑顔で言い切るから、込み上げてくるものに泣かされそうだ。大雅は咄嗟の返答を見失い、「おう」とだけ口にする。

 右手に立ち並ぶ家屋を後二軒通り過ぎれば、大雅の実家であるマンションがあり、その向こう隣に諒太の実家が建っている。二人の親が浮かべる心配そうな表情が視認できる程度まで進むと、大雅はより強く諒太の手を握り締めた。

「最終決戦前って、こんな気持ちなんだな」
「え、違うよ?」
「あ?」

 ふいと左斜め上へ漂わせた視線を、柔らかく、愛嬌の滲む整った顔の男が捕まえる。
 やんわりと目を細める諒太は、甘いものを前にしたとき以上に幸せそうだった。

「俺達、今日からだよ。今さっきホントのスタートラインに立ったばかりだもん」

 出会い、幼い恋を育み、悩んで迷って、傷ついて遠ざけた日々はただの前日譚だ。
今日からまた苦しみながら、それでも笑い合って生きていく。

「これからだよ、大ちゃん。楽しみだね」

 春夏秋冬、変わらず二人、寄り添って。

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