バニーちゃん観察日記




某月某日

久々に部屋の戸棚を掃除したらメモ帳が出てきた。探偵が使うようなダークブラウンの、いつ買ったかわからないが未使用の新品。
数年前にハマった刑事もののドラマに影響され購入したものだ。
―――…もったいないから、使うか。しかし、書く事なんて…あ。
最初のページにでかでかと『バニーちゃん観察日記』と書く。ん、明日からが楽しみだ。




翌朝メモ帳を内ポケットに、赤いペンを胸ポケットに出社する。
さーて、観察対象は…あれ、いねぇ。
不機嫌そうな上司に居所を聞くと午前中は仕事が無いからトレーニング場に行ったらしい。
真面目だね―。
自分も着替えて追いかける。いつもの場所でトレーニング中だ。
仕切りの陰からじっとのぞいて観察…げ、あいついつもあんな重い負荷でやってんのか!?
蹴り主体のくせにいい二の腕してるじゃねーか…ん、大丈夫、俺もまだまだ負けてない。
「何やってるんですか?」
はっ、自分の二の腕見てたらいつの間にか目の前にっ!?
「バ、バニーちゃ…いや俺もトレーニングをしようかと思ってねっ!」
「その割には汗一つかいて無いじゃないですか。たまにはちゃんと運動したらどうですか?」
…開口一番にかわいくねー




「ちゃんと飯食ったか?」
「は?」
「ヒーローは体が主体!って訳だから今日はオジサンと一緒に外に食いに行こうぜ」
昼休み開始と同時に席を立ったバニーちゃんの腕をつかんで引っ張る。
エレベーターまで連れこんだら大人しくなるだろうと思ったがついても降りようとしないのでまた腕を掴んで歩きだす。
文句を言われる前に先手必勝とばかりに言葉を並べる。
「こっからちょっと歩いた所にいい定食屋があってな?そこの鮭定食が絶品なんだよ。切り身小さいけど。おひたしと卵焼きがついて来てな、またこれが美味いんだ。おススメ。あ、でも俺のマイブームはカツ丼な。こう肉厚でさ、たっぷり煮込んでドロドロになりかけた玉葱がまた美味いんだよなぁ。マヨネーズかけて食うのがお気に入りで…」
…おかしい。普段ならしゃべり続けてても容赦なく鋭く冷徹なつっこみが入るんだが今日はずっと黙ってる。
いや、俺も皮肉言われたくねぇからこんなにしゃべってるんだけどさ。
「先輩」
店の暖簾が見えてきた所でようやく一言。
「ん?」
「手」
「て?」
「……!」
しまった…往来のど真ん中、しかも真昼間のお昼休みでかわいいオフィスレディさんたちがあちこちにいる状況でずっとこいつの手握って引っ張ってたのか…!
そう言われればなんか熱い視線が注がれてるような気がしてた。
だって普段からバニーちゃんってば注目の的だから、最近慣れてきちゃってたんだよっ!
「さ、ついたついた!おばちゃん二人ねー」
さらなる突っ込みから逃げるように暖簾をくぐる。
あーもう、恥かいちまったじゃないかよっ!




ヒーローといえど正社員。定時はあるわけで、デスクワークさえ終わっていれば今日は一応お仕事終わり。
さーあと五分…と伸びをした所で緊急呼び出しの音が響く。
さんざんだよなぁ、と同意を求めるようにバニーの方を向くともう先に歩きだしている。
つれねぇなぁ。
『犯人は二人組の強盗犯、現在西地区の下水道を南下中。テレビカメラが入れないからさっさと地上に追い出して』
耳元からアニエスの声が響く。相変わらずおっかねー。「先輩、僕は右から追いつめますので左行って下さい。下水道を破壊すると匂うので壊さないように」
カメラが無いせいか、扱いぞんざいだぜバニーちゃん。
「んなまどろっこしい事するよりもさっさと捕まえちまおーぜ」
狙いを定めワイヤーの射出スイッチを押す。ワイヤーアンカーは勢いよく犯人の背中を…と言うか頭上を…
「…何勝手な事してそのうえ外してるんですか、先行きますよ」
「あ、ちょ、先輩を置いてくんじゃねーよ、薄情だな」
そう言って手を伸ばしたのが悪かった。
普段より悪い視界に片腕がワイヤーで塞がった無理な体勢、後このスーツ足場がなんかヒールっぽくて未だ慣れないんだよなぁ。
まぁ、要するに掴んだまま俺が足を滑らした訳だ。
引っ張った反動で体は勢いよく反対方向へ…がっちり掴んじまったバニーちゃんと一緒に。
次の瞬間には中に投げ出されそのまま溝川の中に落下した。
…今度斎藤に文句言ってやろ。




散々だった。
会社に戻るまでは耳元でずっと『せっかくの見せ場だったのにっ!』とおっかねーお姉ちゃんが文句言ってるし、戻ったら戻ったで文句言う前に斎藤がジィっと恨みがましい目でこっちを見てる。ご自慢のスーツを泥と汚水で汚したのを相当怒っているらしく俺の文句も引っ込んだ。
そしていつものように上司のお説教…
全部終わってようやくシャワーで汗と匂いを落とす事が出来た。
―――匂いしみついたらどうしてくれんだよ
腕を鼻に寄せてみる。一応不快な匂いは無い。
が、やはり腹立たしい気持ちに収まりがつかずそこらの缶でも蹴り飛ばしてやろうかと周りを見渡す。
…掃除のおばちゃんいい仕事してるね。煙草一つ落ちてねーや。
もう、こうなりゃ酒でも飲んで
「先輩」
後ろから声をかけられた。振り向くと例の営業スマイルのバニーちゃん。
あぁ、これから文句言われるのね…とまたげんなりしそうになった所に意外な言葉がかけられた。
「もう遅いですし、夕食ご一緒しませんか?」
「は?」
笑顔がさらに怪しく思えて身構えたが
「お昼は先輩に付き合ったんですから、ね?」
と言い切られてそのままレストランに連れて行かれた。
うわ高そー、と言う俺の庶民派な第一声が示す通りやけにキラキラしたレストランで、昼間の俺の定食屋に対する嫌味か、と不機嫌な俺は思ってしまった。どうせ大人げないですよ―。
でもまぁ、外観に見合う上手い料理を腹いっぱい食えば自然と機嫌も良くなってくる。
普段食べ慣れない分余計うまさが染みるというか、物珍しさも手伝ってかデザートまで残さず食ってしまった。
それに…今日の文句を色々と言われると思ったが予想よりも朗らかな(淡々とした?)会話ができたのも原因かもしれない。
なにはともあれ、いい食事だったと食後のコーヒーをソーサーに置いた。
「今日は散々だったけど美味い飯が食えたんで満足!」
「単純すぎますよ、先輩。あぁ君、会計を頼む」
側を通ったボーイに声をかけ支払いを済ませようとするバニーにあわてる。
「おい、ちょっと待て。流石に奢られるいわれはねーぞ」
「いいんですよ。誘ったのは僕なんですし」
「いやいやいや。先輩として、年上としてのメンツがたたねぇ」
「だから、いいんですって。お昼は僕が奢ってもらったでしょう?」
「昼のと此処じゃ値段が段違いだろうがっ」
あくまで優雅に会計を進めようとする姿に焦って椅子から立ち上がり懐から財布を取り出そうとする。
我ながら心もとない薄さではあるがいざとなればカードもあるし、年下のこいつにいい格好される方がよっぽど問題だ。
が…もっと厄介な問題が起こった。
財布と一緒に朝からもったいた手帳が皿を片付け終わったテーブルの上にぽとりと間抜けな音とともに落ちたのだ。ご丁寧に最初に書いた『バニーちゃん観察日記』のページを開いた状態で。
「やっべっ…!」
「ん?」
急いで手を伸ばしたがハンドレットパワー発動したんじゃねぇかと言う素早さで奪われた。
「なんですか?これ」
「え、あ、ちょ、中見るな…っ!」
「…」
「えーっとだな、これはだなー…」
急いで言い訳を考えるが急にそんなの浮かばない。
「先輩、今日一日ずっと僕の事みてたんですか?」
夕方からずっと感じてた優しげな営業スマイル。それが歪む。
「う」
「朝から晩まで、僕の事で頭いっぱいだったわけですか」
普段は穢れを知らない清廉潔白なヒーロー顔に浮かんだその独特の笑みが勝利者の笑みだと自覚し始めたのはいつからだったか…
すっと立ち上がると俺の横に立ちテーブルに片手をついて顔を寄せる。
キラキラと夜景を映す分厚いガラスと無駄に睫毛の長いライムグリーンに挟まれると心拍数が一気に上がる。
あれ、こういうのなんて言うんだっけ?前門の狼後門の虎?虎は俺だよね?俺ワイルドタイガーだよねッ!?
無駄に混乱する耳元に掠める唇。
「明日も明後日も、ずっとずっと俺の事で頭いっぱいにしてあげますよ。オジサン」
俺はどうもこの切り替えに弱いらしい。
僕なんて言う鼻もちならないおぼっちゃま口調から素のこいつが垣間見える俺という一人称の変化。
そして何より普段なら絶対言わないような、誰も聞いた事無いような甘く優しい声で言う「オジサン」
可愛くねぇ皮肉屋な姿からは想像もつかない、テレビ専用のさわやかな雰囲気とはかけ離れた無駄に甘い雰囲気に自惚れてしまいそうで、溺れてしまいそうで…
明日も明後日もなんか今の俺には考える余裕すらない。
とりあえず今はこの赤い顔を二人きりになれる場所までどうやって隠し通すか、それだけを考えよう。






(観察日記というより単に俺の日記じゃねっ!?)













「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -