融けいくように








ヘッドボードに埋め込まれた時計が9:30を表示すると同時に軽やかなクラシックのメロディが流れる。それに埋もれる様な低く微かなモーター音と共に壁際に埋め込まれた窓のカーテンがゆっくりと上がり足元から少し遅い朝日を取りこむ。
酷く金のかかった目覚ましだと思いながらものそりと身を起こし軽く伸びをする。
攣らない様にゆっくりと注意深く伸ばした(この年になると朝一番だろうが容赦なく攣って布団の中でもんどり打つ破目になる)足先が堅い物に当たり、隣の布団のふくらみに目をやる。
頭まで被ったシーツの下から僅かに見える金色のふわふわの髪。
顔を寄せると軽やかなメロディを一切意に介さない、いまだ惰眠をむさぼっている相棒の寝顔。ふわり、ふわり。虎徹の鼻息で毛先が揺れる。
「バニー…?」
あえて小声で呼びかける。反応はない。
「…ったく、明日は早起きしましょうね、って言いだしたのはお前さんなのになぁ…」
そう口では文句を言ったがその声は相手の眠りを妨げないように小声で、スルリとシーツの海を縫う様に体をずらし音もなく地面に降り立っった。
流石にドアの音は全自動なので対処の仕様が無いが、それでも足音は立てない様に忍び足で廊下に出る。ドアが閉まる瞬間肩越しにベッドを見やると、ふくらみはピクリとも動かず、目覚める様子が無い相棒に少し安堵した。
―――さて、朝飯は何にしようかな……



8月も半ば過ぎようと言う頃、ロイズさんから『夏休み』を貰った。



事件が起こった時の出動義務もある、シュテインビルトから出る際の事前の届け出も必要。だが『休み』。しかも五日間。
ジェイクの事件以降日を追うごとに仕事の量は増加の一途。ここ数週間に至っては泊りの仕事まであって落ち着く暇すらなかった二人には例え限定条件付きであろうとも大変ありがたい申し出だった。
例え笑顔で『休暇後の仕事の予定はもう入ってるからね』なんて上司に言われたとしても。
降って湧いた突然の休暇、当然二人は一緒に過ごす事を選んだ。



牛乳、チーズに卵にクラッカー、鮮度のいいトマトにレタス、ちょっと上等なハムに挽肉、普段は使わない調味料とお高いワイン。
同じ時間に退社して一緒に買い物まで行った。男二人でも抱えるのにちょっと苦労する量だったが二人共買いすぎとは思わなかった。
五日分の食料。
それは二人がバカンスもショッピングもレジャーも放りだした事を示した。
二人で過ごそう。二人きりで過ごそう。
ちょっとだけ世間と切り離されて、恋人と蜜月を過ごそうじゃないか。
虎徹は子供っぽく『お泊まり会しようぜ』と誘った。
バーナビーは率直に『僕とベッドで過ごして下さい』と誘った。
そう言ってお互い顔を見合わせて噴き出したのはロイズさんの部屋から出た直後だった。



「んー…、こんなもんかね」
バーナビーのマンションのダイニングキッチンで並べられた料理の数々に一人自慢げに頷く虎徹。
数か月前までは無かったダイニングテーブルには厚切りベーコンにサニーサイドアップ、フライパンで揚げ焼きにした冷凍ポテト。レタスとトマトを皿に盛っただけのサラダの傍らにはマヨネーズを立てておく。後はパンが焼けるのを待つだけだ。
―――ふ、俺が本気を出せばこんなもんよ。
そう自慢げに心の中で己に賞賛と拍手を送った所で後ろから擦れた声がかかる。
「…今朝は、炒飯じゃないんですね」
かけられた声に慌てて時計を見る。虎徹が起きてから一時間以上がたっていた。
しまった、料理に夢中になり過ぎた。朝食を用意した段階でバーナビーを起こしに行く…そんな計画を立てていたのに。
まだ半眼気味のバーナビーは並べられた料理の数々に素直に驚いていた。正直朝から油の海で泳いだような炒飯は勘弁願いたかったので、ほっと一安心という気持ちもあるのだろう。
「おー…おはよう、バニー。いつも通りじゃ何なんでな。ほら顔洗ってこい」
己の密やかな計画の失敗を悟られない様に注意しながら、気を取り直して笑いかける。
「えぇ…久々に寝過ぎたせいか瞼が腫れぼったいです…ついでにシャワー浴びてきてもいいですか?」
そう言われて目元をまじまじと見れば確かにバーナビーの目元はやや赤いように見える。その程度で彼のイケメンっぷりが下がるとは虎徹には思えなかったが。
顔を見つめ続けると、その視線に気づいたバーナビーが軽く苦笑し軽口を叩く。
「…それとも、一緒に入ります?」
眩しそうに細めた眼は寝起きのせいかどこか不機嫌な印象を与え、乱れた髪は好意的にとらえれば野性的に見える。常に糸くず一本見当たらないほど完璧に整えられた服装は今は皺だらけのTシャツで、普段はきちっと伸ばしているはずの背筋は無気力に緩いカーヴを描いているけれど、それはそれで、イイ。水一杯飲んでいない朝の声はかすれて低く、喉に引っかかるたびにドキリとする音を奏でる。度々唇を舐めるのも渇きのせいだろうか。
こいつの寝起き顔は凶悪に色っぽいな。
「俺はもう入った」
そうそっけなく返すだけで精いっぱいだった。
「…」
虎徹としては飲みこみたくなる唾を我慢したうえでの発言だったのだが、判断力が鈍りまくった寝起き状態のバーナビーには可愛くない態度、として受け入れられたのだろう。
青年の周りをやや禍々しい空気がつつんだ所で、虎徹はバーナビーの背中をバスルームに向けて押す。
「不満そうな顔すんなよ。さっさと入って、朝飯にしようぜ」
出来ればその不穏な空気も一緒に洗い流してきてくれ、と願いながら。




シャワーを浴びてきた後のバーナビーは普段と変わらなかった。
ここ最近は斎藤さんのスリープカプセルを利用してる事が多かったので、その分深く眠りにつく事になり、目覚めに必要以上の労力がかかった…という事かなぁ、と虎徹は勝手な考察をつけ勝手に納得した。
寝惚けたこいつは色っぽいけど不機嫌になりやすい、と心の中でメモる。
「さて、こう唐突に時間が空くと何していいか迷うなぁ…」
朝食を腹一杯食べた虎徹がクッションに背中を預けながらぼーっとテレビを見上げ呟く。
―――普段ならデスクワークに追われている時間帯だ。ここ最近だと雑誌の取材かもしれない。グラビアとか撮影の場合は割と早朝か遅い時間が多いからこんな時間には仕事してなかったよなぁ…
そんな意味の無い事を考えてしまうぐらい何をしていいかわからない虎徹の背から腹に向かって手を絡みつけるように後ろから抱きつきながら、バーナビーが耳元で囁く。
「それじゃ、ベッドに行きましょう」
「…お前なぁ」
今昼前だぞ、昼前。
流石にそんな自堕落な事できるかとばかりに、額に軽くで虎ピンをくらわせ窘める。
それに対しバーナビーも少しだけ赤くなったおでこをさすりながら唇を尖らせ、体を密着させるように背中に体重をかけながら反論する。
「僕の誘い文句を忘れたわけじゃないでしょう?」
途端に赤くなる虎徹の耳と首。
可愛いんだから、この人は。
「わ、忘れてねぇけど!」
その赤い首を指先でつつき、なぞりを繰り返しながら不満そうに言葉を重ねる。
「じゃぁなんですか、冗談だとでも思ってました?」
「…んー」
そうじゃないんだけどなぁ、といいながら今度は虎徹がバーナビーに体重を預ける。
胸に飛び込んできた虎徹の背中を抱き寄せながら自分の首元にやや高質な黒髪がすり寄せられるのを感じる。まるで犬猫の様に、鼻先が頬をかすめる。
こそばゆく、自分と同じシャンプーの匂い。
「…ねぇ、やっぱりベッド行きましょう」
「ヤダ」
そのまま押し倒したい衝動をこらえて抱きしめる腕に力を込める。
するとそれに呼応するようにますます体重を預け、愛しげに肌をすり寄せてくるというのに虎徹の返事自体はそっけない。
「俺は今こうやってダラーって甘えてたいんだよ。な、いいだろ?まだ初日なんだし…」

とろけるような笑顔でそう言われると、仕方ない。
こんな笑顔、そうそう見せてくれないのだ。リラックスした体に、幸せそうな笑み。
たまにはこんな穏やかな愛情表現も悪くないかもしれない。
「………しょうがないですね。いいですよ、虎徹さんの我儘、今日は何でもきいてあげます」
腕の力を抜いて包み込むことを意識して寄せる頭部に顎を預ける。
昨日あれだけゆっくり眠ったというのに、いつの間にか二人の間には寝息が響いた。




「ほら、どうして欲しいんです?言ってください…」
後ろ手をついた状態でベッドに腰をかけ、開いた足の片側を跨ぐように虎徹を座らせる。もちろん既にシャツもズボンも下着すら身につけていない状態で。
「ふっ…は、ぁ………」
荒い息に移ろい気味の視線。まだ着たままのバーナビーのTシャツの腹部を必死に握りしめて、バランスの悪い体勢を何とか保っている。
十数分の間、バーナビーは彼の体に指一本触れてはいない。だが時折足を揺らして刺激は送り続けている。
「ねぇ?」
日系人にしては大きな体を丸めて息をつく。やや激しめに揺すると目を見開いてまた呼吸を乱す。
「っ…!」
180を超える体は流石に痩せ型でもそれなりに重量があるので負担は大きいが、それも目の前に広がる光景を思えば苦ではない。
潤む目に濡れた肌。歯を食いしばって此処ではないどこかを見つめる様に虚ろな表情で。必死に快楽を貪っている様にも愉悦に耐える様にも見える。
自分の掌の中に小鳥を包み込むのに似ている気がする。
全部全部、僕の手の内、思いのまま。
「や、ちょ、バ…ニィ、ってば…」
シャツを握り直した拍子に胸に爪を立てられた。少し痛いがそれだけ相手の必死さが伝わったようで悪い気はしなかった。
「言ったでしょう?我儘、何でもきいてあげます、って」
「…ゃ、やっ、っ…このっ、意地悪っ…!!」
太股で局部を擦られているだけなのに酷く反応してしまったからか、自分だけ脱いだその状態の為か真っ赤な顔で悔しそうにバーナビーを見上げる。
悔しそうに食いしばった歯に目じりに溜まるの涙。
「ふっ…くくく…意地悪って…本当に子供みたいな人ですね」
虎徹の表情に御馳走を前にしたかのように胸が躍る。
「…今日はっ」
上機嫌のままその姿を見つめていると、小声ながらもはっきりとした発音で反論が返ってきた。
どうせならもう、どろどろになってしまえばいいのに。そう思いつつもよく聞こえるようにと顔を口元に近付ける。
「今日はお前にとことん甘えるって、決めて、たんだよ…自分への御褒美、で…」
せーはーと息を切らせながらもようやく口にした言葉。
日常生活では憎らしいほど余裕綽綽で、肝心な時こそ自分を頼ってこない虎徹が甘えたいだなんて。一日目ぐらいぬるま湯みたいに過ごすのも悪くなかったかもしれない。
「…まったく、本当に可愛いんですから、虎徹さんは」
目じりにキスをして優しく涙を拭ってあげる。
少し驚いたのか一瞬キュッと瞼と手に力がこもるが、直後に上げた虎徹の顔にはバーナビーが思いなおしたのかと表情に明るさが戻る。
「それじゃ…バニー………っ!?」
期待に満ちた目が見開かれる。
「でも駄目」
足の位置を巧みにずらして堅い膝の部分で会陰をえぐる。流石に逃げようと浮かした腰はきっちりと両手で固定し離さない。
「何、でっ…!」
強すぎる刺激にか抵抗はものの数秒で諦めにかわり、へたり込むように腰を落とす。当然より強く膝に押し付ける形になるが、肩を震わせ必死に耐え抜く。
苦しそうに声をあげる虎徹にバーナビーは笑顔を返す。
「それとこれとは別問題です。ほら、おねだり…じゃなくて我儘、言って下さい」
片手で強張る肩を撫で、もう一方の手で中心を優しく撫であげる。焦らしまくった体にはよく効くだろう。
優しく優しくと心がけたにも関わらずその体は撫でる度に反応良く震える。
「や、…ぁ…ぅ、バニ、ィ…」
両手の位置を変え左右から尻を掴む。揉みほぐす様に撫でながら指先を後ろに添わせると割とスムーズにつま先を飲み込む。このまま引っ掛けて左右に開いたら…と少しひどいことを思いついてしまい虎徹にばれない様に苦笑を浮かべる。
「ね?」
声も、優しく優しく。
ほら、甘えたいんでしょう?
「……っ、は……は……」
逃げられないと悟ってか息を整える。
目を伏せままま堅い声で。
「バニー…俺の、中に入れて…」
「入れて?」
せめて僕の目を見ながら言って下さいよ、っと右手の指を限界まで奥に埋め込め続きを促す。
そのせいか息を詰めてしまい左手の爪が肉に食い込む。あぁ、これは虎徹さんの自業自得ですよ。そう笑いかけると噛みつかれた。
鼻の頭に。
やれやれ。
「いっッ…!?」
押し当てられたものの熱さに口を離す。
噛みつく為に前のめりになった体。同時に浮き上がる腰。
利き手でベルトとジーンズの前を素早くくつろげ、逆腕で腰の位置そのままに固定。指の抜かれた穴に素早く自身を押しこめる。
「あぁ、もう…」
思いっきり、というわけではなかったがこれで事件が起きてもマスクが外せなくなってしまった。
じんじんと痛む鼻に許しを請う様に軽いキスをされた。
―――手加減しませんからね。




翌朝も当然の様に寝坊する事になった。
初日に睡眠欲を、翌日に性欲を存分に満たされたバーナビーからすれば非常によい状態で目覚めたといえる。
「…休み初日でこれかよ…」
逆に虎徹の方は体力も精神力も限界近くまで擦り減らされていたが。
「手加減したんですよ、これでも」
「手ぇ加ぁ減んっ〜!?」
素っ頓狂な声をあげる虎徹に対しバーナビーは余裕の笑みを返す。腰を撫でるおまけ付きで
「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ」
「っ…!?」
とたんに体を跳ねさせる虎徹。疲れ切ってはいるが余韻が残っているのだ。不用意な悪戯は堪える。
「虎徹さんがお願いしてきたんですから、ね?」
「してないっ!!したとしても空耳だ空耳」
もう少し元気が有り余っていれば唾でも飛ばしていただろう。
対するバーナビーは残った力全開でぎゃんぎゃんと吠えまくる虎徹を意に介さずベットから体を起こし、爽やかに言いきった。
「夕食の準備、してきます。ご飯運んであげますから、大人しく寝ててください」









(彼らの夏休み。残りは四日…)







50000HITのリクエストでかかせていただきました。
『休日お家デート』と言うリクだったのですが…あれ、なんかデートっぽい事ってあんましてない…?(汗)リクエスト本当にありがとうございますっ!。






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