Cendrillon−09













「おはようございます!ワイルドタイガーさん。本日も一日頑張りましょう!」
「おー、今日も元気だねぇ。おう、頑張ろう!」
と言う挨拶がスタッフゲートの入口では割と頻繁に目撃される。まだ年若いガードマンと虎徹は朝夕しか顔を合わせないが、元気な若者大好きな中年おじさんとしては可愛いものなので割と仲が良い。
「おや、虎徹ちゃん。今日のおススメはカツ丼定食だよ。ほらおひたしサービスしてあげる」
「いやー、どーもすいません。ありがとうございます」
いつもマスクを外して利用する食堂のおばちゃんには顔も名前も覚えてもらった。年の割には若くてハンサム、とパートのおばちゃんたちの間では虎徹ちゃん自分の列に並べー!、と念を送られるぐらい大人気なのだ。
「ワイルドタイガーさん。今日のお手紙です」
「ん、いつもありがとうな。あ、そこ段になってるから気をつけて」
今年入ったばかりの庶務科の新入社員の女の子にはさりげなく大人の余裕を見せる。彼に渡されるファンレターの中に彼女が書いた物が混じっている事を知らないのは本人だけである。



「なんか、納得がいかない」
「そうですね。その意見には激しく同意いたします」
そう言ってブルーローズと言葉少なに何であのオジサンはあっちこっちにっ…!と激しく燃えるジェラシーを発散させたのはつい先日の事。
それから一週間もたたないうちに転機が訪れた。
オジサンがオバサンになった。性転換手術を受けたとか言うのではなく、一時的にNEXTの能力で性別を変えられたにすぎないが、これで普段気にしていた身近な敵も(短期間ではあるが)避けられる。独り占めできるっ!
と考えた僕の考えが甘かった。


「ワイルドタイガーさん、本日も一日ご苦労様ですっ!」(気づいて無い)
「あらあら、ちょっと痩せたんじゃない、虎徹ちゃん。ほら大盛お食べ」(変化には気づいたが動じて無い)
「え、あ、ワイルドタイガーさん…?え、あの、お姉さまって呼んでも…」(順応力が半端無く高かった)
午後の業務が始まってしばらくたつが僕の頭は問題で埋め尽くされていた。
まず一般人であるアポロンメディアのスタッフにも早々にオジサンの変化がばれてしまった事。一応職場内に限った事なので守秘義務を敷ける。会社の外部に知られる事は無いだろう。噂話程度ならもみ消せるだけの情報力をアポロンメディアは保有しているし。
それより大きいのは一般人である彼らがナチュラルにオジサンを受け入れている事…く、オバサンを独占できると思ったのに。普段すれ違う程度の相手は全く気付いていないようだが、挨拶を交わす程仲のいい相手は一瞬で気が付きあっという間に慣れ親しんでしまった。
更に悪い事に…それを危惧した僕の忠告が発端でオジサンと険悪な雰囲気になってしまった。
「だーかーら!俺はこのままがいいんだってっ!」
そう、これだ。
僕はただもう少し身なりを見直して欲しい、と控えめに、丁寧に頼んだだけなのに。
「別にいつも通りだろうが」
いつも通りだから問題なんです。
ちらりと横目で見る彼女の姿…と言うか服装は以前とほとんど変化していない。ダークグリーンのシャツにホワイトとアイボリーのベスト、細身…を通り越して細すぎるパンツこそ今はスカートだが、色といい形といい以前とそう印象を違える事が無い。ハンチングとネクタイはそのままだし。
こちらとしてはもういっそ別人になって欲しい位なのだ。別人の、僕だけのオバサンに。
「女性にその帽子は大き過ぎるでしょ」
「いざって時に顔隠せるから便利だろ」
「もっと似合う服があると思うんですが…」
「俺の自慢のコーディネートだっ!文句あっか」
「なら少しだけでもスーツのデザイン変えましょう?せめて色だけでも」
「嫌っ!」
子供か。
「貴方がそんな恰好だと他人にもすぐばれますよ」
「だーいじょうぶだって。会社の中にいりゃ守秘義務は守られる、って言ったのはお前だろうが」
「それはそうですけど…」
そこを突かれると痛い。返す言葉も無い。
う―…とうなる様に顔を見ると、気まずそうに目を逸らされた。
「…ほら、そろそろトレーニングにいく時間だろう?あーっと、先に斎藤さんに呼ばれてたんだったな」
わざとらしくそう言ってさっさと席を立つ。はぐらかして有耶無耶にしようとしているのは丸わかりだ。普段はトレーニング誘っても気の無い返事しかしないのに。
何となくやりきれない気持ちのままだったが、呼ばれている事もあって大人しく席を立つ。


『どうだタイガー!新スーツの着心地はっ!』
「いたってフツー…って言いたいんだけどね斎藤さん。なんか心もとないです」
実験の危険から研究者を守るの為に張られた大型ガラスの向こうで着せられたスーツになんだか不安そうな声をあげるオバサン。
それもそのはず。
着せられたスーツはデザインこそ以前身に着けていたHEROスーツと同系統だと判るが…装甲が明らかに少ない。両手・両足の部分はともかく二の腕や太ももの辺りが薄い。と言うかアンダースーツが丸見えだ。
どうも明らかに軽量化されていて機械的なフォルムであるながらオバサンの体のラインがしっかり反映される作りになってる。
「斎藤さん、何ですかこれは」
思わずもれた声にはやや喜色を帯びた声で隣の斎藤さんが答える。
「………(いわゆるロマンだね)」
此処だけ本人には聞こえない様にわざわざマイクから離れいて言うあたり…
まぁ、グッジョブだと心の底から賛辞を送っておきますけれどもっ!
「でもこれじゃまるっきり別人じゃねーか!やっぱ斎藤さん、あのスーツで…」
スーツ無いに組み込まれたマイクがおばさんの声を拾う。やはりデザインがどうしても受け入れられないらしい。
体型はともかく肌の露出はしていないのだし、元々機能性で元のクソスーツを手放したオバサンだからそう頓着はしないのでは…と思ったので意外だった。
『しょうがないだろ!タイガーの筋力・体力の低下に合わせてギリギリまで軽くしたんだ!』
斎藤さんがマイクに向かってそう言うとオバサンも渋々ではあるが納得した様子を見せる。
しかし、事件から2日程しか経っていないのにここまで形になるものを作れるものなのか。機械関係にはそれほど明るくないが、いささか早すぎる気がする。
その疑問を問いかけると
「…(一からパーツを作ってたんじゃ時間が足りないのでプロトタイプをバラしてつくった。ふん、まあまあの出来だな)」
プロトタイプ…そういえば斎藤さんのラボの入口に飾ってあったスーツが無い。過去何度も上機嫌であれを磨いている斎藤さんを僕もオバサンも目撃している。普段使用しているHEROスーツとやや細部の異なるそれははじめてこの部屋に来た時から常に斎藤さんの傍らにあった。以前性能テストの休憩中、コーヒーとドーナツ片手に『僕がこの会社に来て初めて一から手掛けたものだよ』と、彼にしては珍しく柔らかいと形容できる笑みを浮かべて言っていたのを思い出す。
それに斎藤さんの目の下にはばっちり隈が残っていて…たった数日でこのスーツを作るのにどれだけの苦労があったか、計り知れない。
オバサンもそれを思い出したのだろう。
ガラス越しにぐっと力強いサムズアップを送ってきた。
「…ありがとうな、斎藤さん」
『…ふん。どうせタイガーが犯人を捕まえるまでの使い捨てだがな、性能は保証する。これでさっさと事件を解決して来い!』
その使い捨ての為に、どれだけ寝ずに仕事をしたかなんか想像もさせないような明るさで、そう言った。
本当にこの人は根っからの技術者なんだな…。
感謝と尊敬とどこか胸を熱くする情熱を与えてくれた。
「おうっ!」
オバサンも元気よく返事を返す。






ただ…ラボを出た瞬間、オバサンが少しだけ悲しげな眼でため息をついたのが気になった。



(―――…ったく、こんなのの為にあんだけ気合入れちゃってさぁ…)












にょたTOP 








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -