食べさせて、食べて。








肉に立てる歯。
口を拭う舌。
喉を動かし租借した料理を飲み込む。
一挙一動を食い入るように見ているという自覚はある。きっとオジサンもそれを判っているのだろう。だから、ことさらゆっくりと言うほどではなくとも焦りの無い動作で食事を続けるのだ。時折合う目がいやらしく笑っている。
その目に焦らされているこの数分が永遠の様に感じるほど苛立たしく、じれったい気持ちに苛まれながら既に空になった自分の皿を見る。
最後の一口。
箸を置きながら少し前に入れた、冷めかけのお茶に手を伸ばす。
「ここの飯美味いね、病院食なのに。流石」
無理やり半分にするためにおかずを分けた皿の中は味が混ざってしまっていて、自分にはおいしいという記憶が無かった。味を感じる余裕すらなかったのかもしれない。
オジサンの御馳走さまと同時に立ちあがり、食べ終わった食器を廊下に出しておく。廊下に誰も居ない事は十分すぎるほど確認を取ったが、足元を照らす非常灯が顔を照らした瞬間は少しドキッとした。先程の二の舞は絶対に避けなければならない。
用心深くドアを閉めると一応ロックをかける。緊急時は一瞬で空いてしまうが無いよりマシだ。さぁ、これで。
焦らされ急く気持ちを深呼吸で無理やり沈めた。
「ん?どーした。バニーちゃん」
口の端についた調味料を行儀悪く手の甲で拭いとってこちらを見る。
僕を見上げるオジサンは病院着を着て無防備にベッドの背凭れに体を預けている。あぁ、この人は怪我人なのに、と改めて自覚すると同時に止める事の出来ない己の劣情に拍車がかかる。瞳を見たままその肩に手を置く。
「少し前には、物を食べる貴方に心から安心していたんですよ。それが…」
覆いかぶさるように顔を寄せると待ってましたとばかりの笑みで僕を迎え入れる。
「今は物を食べる貴方に欲情してる」
元気になってよかったと安心したあの感情と、食事という行為にすら誘惑を感じるこの感情。
「んっ…」
歯の裏をなぞると魚にかかっていたソースの味がする。あぁ、確かに病院食としてはおいしいかもしれない。
「僕も大概、節操が無い様です」
「…お預けしてごめんな。バニー」
唇を離したと同時に、靴のままベッドに身をのりあげる。オジサンの行儀の悪さを非難する資格は僕にも無いらしい。




「ちょっと辛いかもしれませんが、腰…あげて下さい」
「んっ」
もう誰が来ても止めるつもりが無いと主張するようにベッドの四方八方に散らばる衣服、床に落ちる靴。
下着と一緒にズボンを剥ぎ、降ろす。焦っているのが現れる様にあちこちに引っかかってそのたびに舌うちが出そうになった。そんな僕に苦笑を向けてオジサンはゆっくりと腰をあげる。
「痛かったら、無理しないで下さい。時間かけますから…」
様子を窺うように顔を覗きこむと苦笑を深くし、どこか申し訳なさそうな顔をしながら手を重ねる。珍しい表情とこの状況で合わせた手の熱に一瞬ドキリとしたが、掴んだ手がそのまま後ろに導かれた事でさらに心音が高く跳ね上がる。
「平気平気。ほら…」
肩に手を当てながら浮いた臀部に手を伸ばす。指よりなお高いその場所の熱さにカッと頬に熱が走る。そして同時にその違和感に腕の動きを止める。指先の感覚に思考回路を一度完全に停止させられる。
「…オジサン、なんか柔らかくないですか」
本来の使用目的を考えれば当然だが、通常ここは固く閉ざされているもので。連日触り慣らし続けるのならともかく、5日も空ければその窄まりは痛いほどのものになる…はずだ。少なくても今までの経験上はそうだったし、だからこそ毎回苦労半分楽しさ半分で慣らす行為を怠った事は無かった。だと言うのに…
「ふっ…んっ!」
軽い喘ぎ声と共に少し力を入れただけで人差し指の第2関節までをぬるりと飲み込む。
最後にしてから二週間近くが経過している。だと言うのにこれは…まるで昨夜もその身を重ねたようではないか?
まさか浮気っ!?と反射的に責める様な目線を向けると、困った様にその視線を受け止めて、掴んでいた手を離す。
「んー…」
頬をかきつつ、どう説明するかと思案する。その顔は己に非がある浮気者のそれではないので自分の邪推は否定されたも同然だが明確な回答が出たわけではない。まだ眉間の皺が取れずにいるとオジサンの口からとんでもない告白を聞かされることになった。
「ほら、人間暇だとする事が限られてくるって言うか…」
日中はずっとこの部屋で一人だし、つい、な?
口ごもりつつ曖昧なその言葉ではっとした。
あぁ、だから看護師はこの広い部屋でベッドにカーテンがかかっていたのに何の疑問も抱かなかったのか。度々あったのではないだろうか、窓の外へ完全にカーテンを閉め切っているというのに、入口以外に他者が入ってくる事は無いというのに、彼が二重の布の奥に居る事が。中で何をしているかは察してなくても、それが癖ぐらいには思っていたのかもしれない。




なんて卑猥なオジサンだ。




一人病室の清浄なベットの上で自慰に耽る。何時誰が入ってくるかも判らぬ部屋で怯え、奮えながら。ローションも何も無いから自分の唾液でその指を濡らし、寝具の上を汚さぬよう必要以上に乱さぬよう、声を殺して後ろに指を添わせる姿を。想像するだけで眩暈がしそうだ。
くらくらしてきた頭を押さえ何とか落ち着く様に息を吐き出す。
「そう溜息つくなよ。言ったろ?楽しみにしてたって…中途半端なお預けは俺も一緒なんだよ」
「自業自得でしょう、それ」
思考の方は多少落ち着いたが、自身の方はそうもいかないようで。癪だけど、なんだかやりきれない苛立ちを抱えたままだけれど。
「ほら、入れて」
誘い文句に促されるままその体を重ねた。






準備のいいオジサンが枕もとのティッシュの下から取り出したゴムを奪う様に掴み、歯で切り開ける。僕が口に入ったカスをペッ、とベッドの外に吐き捨てるのを見ながら『おうおう、行儀悪いな』と茶化すオジサンの腰を掴み、外すものかと凝視したままモノを埋め込む。
入口は確かに柔らかかったが、自分一人で慣らしたのではやはり躊躇いがあったのか、先の部分を飲み込んだあたりで苦しそうに息を詰める声が聞こえた。
「んっ…!」
そこで動きを止める事も出来たが先へ先へと望む気持ちが動きを止めるのを躊躇わせ、もう少し、もう少しと、幹の半分ほどを埋め込んでようやくオジサンに様子を尋ねる事が出来た。
「…やっぱ、痛い、ですか…?」
誘われたからといって何もしなかったのは流石に不味かったか。僕の指で慣らす位してあげればよかった。
今からでも遅くないと体を引きかけた所で両肩にそのまま、と言う様に腕が絡む。そのまま引き寄せられるとグチャリと響く水音と肩にかかる爪の痛み。あんた、誰の為に気を使ってるのか判ってるのか。
怒りたくなる気持ちを抑え、だが不機嫌は多少顔に示したまま顔を覗きこむと苦しさと気持ちよさを半々で混ぜ合わせたオジサンの顔。
「いや…なぁ、それ、マジで生殺しだ、から…早く」
自身を包み込む気持ちよさに続けたいと後押しされるも、残りもう半分の苦しそうな顔に罪悪感がよぎる。
「でも…」
苦しいのに、無理させるのは自分の性に合わない…そう思っていたのに。
「っ…!?オジ、サ…」
躊躇う僕に焦れたようにぐっと腕に力がこもり首を圧迫させられる。それは腕だけの力じゃ無く体重がかかったものだったので、流石に支え切れず焦りの声が出た。腹筋を使って起き上るオジサンの頭と僕の肩がぴたりと重なり、同時に鋭い、鋭利な物で肌を傷つけられる感覚が走る。
「うあきしちゃうぞ」
「…それは、嫌です」
大口を開けて肩を齧りつきながら不明瞭な発音の、僕を脅す冗談だと判っていても聞き逃せない発言に、覚悟を決める。
「あ、はぁあっ………ん、んむっ!?」
起こした身を抑え込むように、丸めこむように、その身に閉じ込める思いで抱き寄せる。無理を承知で全てを飲みこませ、上がる悲鳴は口を合わせて飲みこんだ。オジサンの喉の震えが舌を通じて自身の口内に響く。肩にかかる腕は抱き潰すつもりなのか遠慮もなく、きっと明日は背中に青あざができてしまうだろう。
「声、流石に不味いんで…」
だが、どうだっていい。
今この瞬間、僕の独占欲は満たされているのだから。
「…っ!」
抱きしめているだけで。強く強く重ね合っているだけで。そこにはテクニックも激しい動きも皆無と言ってよかったけれど。
「…〜っ、っ…ぐっ、っ…」
今この瞬間重ねている体の生に、心からの感謝と愛を込め
不格好な愛のまま獣の様に貪り食う。









たった一回でここまで疲れ切ったのは初めてだろう。正直もうこりごりだ。
無理な格好で繋がった体は快楽をなかなか受け入れてくれなくて、ほぼ感情だけで促された射精は肉体的に深い疲労を残した。それはどうやらお互い様の様で隣では乱れた病院着のままオジサンが唸る様ないびきをかいている。…後始末どうする気ですか。
だが叩き起すのも気が引けて、大雑把ではあるが病院着の着崩れを直しながらティッシュで体液を拭う。使い終わったゴムと共に翌朝までにこれを処分しなければ、と自分にしては珍しく憂鬱な溜息をついた。
退院祝いは覚悟してくださいよ。
と、聞き様によっては大変情けない感想を心の中で呟いた。
ベッドから降りて布団をかけ直し、外部からの刺激の一切無い室内を見回す。静寂が、まるで世界からこの部屋を切り取ったように感じる。
もちろんそれは気のせいで窓の外には月夜と夜景が、テレビをつければ深夜番組位は流れているだろうが。
一人きりのオジサンが僕を必要としてくれた。
何時事件の情報流れるか不安できっとテレビをつける事も怖かったのではないだろうか。オジサンが使う部屋にしては珍しく唯一変わらぬチャンネルの位置。ティッシュや湯呑みは何時も違う場所に置くのに、触れも、しなかったのだろうか…
自身の服装は御座形のまま、ブーツは履かずに踏みつけたまま、寝入るオジサンに顔を寄せる。
大口を開けたままの上唇に啄ばむ様なキスを。
矛盾めいた安堵も情欲も、保護欲も独占欲も、全部貴方に捧げますから。
お帰りなさい、虎徹さん。生きていてくれて、ありがとう。僕のパートナー












「どういうことですか?」
「んー?なんの事?」
看護師と居るか居ないかもわからないパパラッチの記者の目をなんとか潜り抜け病院を出たのが数時間前、今日の明け方。
昼過ぎに今日の新聞を持って訪れた病室は何時もより数段に生活感が無くなっていた。今から彼は別の病室にお引っ越しだ。ただし
「…折り紙先輩もロックバイソンさんも明日退院で、移動先は一般病棟でも個室だそうじゃないですか。ねぇ、どういう事です?」
点滴を外し看護師室外へ出た瞬間顔を寄せた至近距離で凄む。
だというのにオジサンは僕の手の中から素早く新聞を抜き取りまるで壁でも作るかの様に眼前に大きく広げやがった。
その堂々とした態度に昨日の誘い文句の内容に意図的な嘘を含ませていた事を肯定する。
「別にいいじゃねぇか。あの嘘が無くったって、バニーちゃん止める気なんか無かっただろう?」
「そうですけど…」
言い淀む僕にスパイスだよ、スパイス。とまるで反省の色など見せずに嘯く。
そのうえ。
「今度は一般病棟だから深夜も見回りあるって。もっかいチャレンジしてみる?」
懲りてないですよね、オジサン
























(僕は学習能力高いんですよ…入院期間が延びるぐらいの覚悟はあるんでしょうね?)


END








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