coll me now




「でさ、聞いてくれよ。バーナビーの奴ってばな…」
トレーニング帰りにシャワー室へ向かう途中、曲がり角の奥から聞こえてきた聞き慣れた男の声に違和感を感じて思わず立ち止まる。そのまま姿は見つからぬよう、声だけは聞こえるように壁に肩を当ててその声に耳をすませる。
声の主は考えるまでもなくオジサンだ。砕けた口調に愚痴の混じる会話の内容から察するに相手はロックバイソンだろう。ファイヤーエンブレムが話しているのを小耳に挟んだのだが、どうやら彼らは学生時代からの腐れ縁らしく同僚関係以上に仲が良い。よく飲みにも行っているようだし。
正直恋人としては要注意人物だ。何を話しているのか非常に気になる。
トレーニングルームやシミレーションルームが置かれているこのフロアは機密保持や安全面での配慮の為、丸ごとヒーロー専用になっている。その為関係者…それもヒーローの素顔を知っている様なマネージャーや一部の報道関係者以外この階でエレベーターを降りる事すらできない。なので、必然的に人の出入りは少なくなる。だからだろうか。それなりに距離があるはずなのに遠慮を知らないオジサンの声は僕の耳によく届いた。
「バーナビーのああいう所だけは、未だに慣れないぜ」
「ふ、ヒーロー初のコンビもなかなか大変みたいだな。インタビューではずいぶん仲がよさそうだったが。それに誕生日もお前、奔走してたしな。」
「いや、まぁ…そりゃ最初に比べればかなり仲良くなったと思うぜ?たぶん…だけどよ」
自信なげな声にしゅんと項垂れるオジサンが目に浮かんで思わず噴き出しそうになった。だが、今現在この状況は盗み聞きしていると思われても仕方ない状態だ。ばれては不味いと首にかけていたタオルを口元に持っていき笑みを漏らさぬようにする。
しかし声だけでここまで表情を想像させる事ができる人物というのも珍しい。それとも脳内で再構成できるほどサンプルを沢山見てきたという事だろうか。それだけ、隣で顔を見てきたと…
そこまで考えて先ほどの違和感の正体に気付いた。
―――あれ…?
「それじゃ、またあとでな」
「あぁ、ちゃんとトレーニングしないと相棒にどやされるぞ」
「うるせーよ!」
遠ざかるロックバイソンの声と近づいてくるオジサンの声。いけない…と慌てて飛び出す様にオジサンの前へ姿を現す。そして、いつもと変わらぬ態度で接する。たった今、ここを通りかかったかの様に。
「えっ、あ、バニーじゃねーか」
「…今から、トレーニングですか?」
やや足早に目の前に現れた己を意外そうに見つめるが、先ほどまで自分の噂話をしていた後ろめたさか、あまり追求せず少しだけ目線をそらしながらややそぞろな様子で、あぁ、と返事をした。
「じゃぁ行先は一緒ですね」
そう言って共にロッカールームへと向かう。歩き出した僕につられてかオジサンも歩き出す。後ろめたさがまだ続くのか普段より口数は少ないけれど。
使用人数に反して無駄に広いこのフロアは廊下も長く、ロッカールームの扉はなかなか見えてこない。無駄に長い廊下を無駄に静かに無駄に歩いていた為に、無駄な思考をする羽目になってしまった。


―――何で、他人の前では…僕以外の前では『バーナビー』って呼んでいるんですか?


先ほどオジサンはロックバイソンに向かって確かに僕の事を『バーナビー』と呼んでいた。彼が僕の目の前で、僕に向かって正式名称を呼んだ事は…あったかどうかも朧げだ。僕の記憶力がいい事は僕が一番判ってるはずなのに。
つまりそれは彼は自分の前であえて名前を呼ばない様にしていると言う事だろう。
最初は『バニー』という自分に不本意な呼称が定着してしまったからだろう、と思い納得しようとした。
だが、思考が進むうちに別の理由が頭に浮かんでしまう。
ねぇ、最初に貴方をからかった事をまだ怒っているのですか。
ねぇ、僕がオジサンなんて呼ぶからその意趣返しのつもりですか。
そんなに僕の名前は呼びにくいですか?
そんなにウサギが好きでしたか?
それとも…まだ相棒と認めてくれていないのですか?
思考が進むにつれて次第に重くなる足。並んだかと思うとふっと横を抜かれ、先を歩くオジサン。
『なぁ、ブルーローズ』
『スカイハイ、お前な…』
『おーい、折り紙。ちょっとこっち来い』
他のヒーローはきちんと名前を呼ばれていて。それが『ヒーローとして認めている』という証に思える。
「バニー?」
不安が頂点に達した時、足が止まる。唐突に止まった僕に気がついたオジサンが足を止めて振り返る。そして呼ぶ、『バニー』と。
気づいてしまった。気づかされてしまった。彼に名前を呼ばれたいと、願っている自分に。
「貴方の中で…バーナビー・ブルックス・Jrというのはどういう意味を持つんですか」
口にした声は思った以上に固く強張っていた。あぁ、不機嫌が滲み出ている、と自分で判ってしまうほどに重い声。
はぁ?と素っ頓狂な声が上がる。突然止まったうえ急に何言い出すんだと訝しがるオジサンの声。
しかし、次の瞬間態度を改める。僕の様子がおかしいと気づいたんだろう。一瞬瞳に心配げな光が宿り、その顔は複雑そうな、困った様な笑みを浮かべた。
「どうした。バニー」
想いがこみ上げた。
「オジサンが僕の名前を呼ばないのは…僕を対等な存在だと思って無いからじゃないですか?」
一度胸にかかった不安の霧はそう簡単に消えてはくれない。でも消したくて、足掻く様に言葉を重ねる。
「いつもいつも、子供扱いして、お節介焼いて。僕はオジサンにとって、ちゃんとヒーローなんですか…?」
僕にとってこの名前は個人名であると同時にヒーローとしての名前だ。重ねる度に濃さを増す霧。手を伸ばして服の裾を掴み。力任せに握りしめた。
「相棒って、認めてくれていますか?」
声はいつの間にか吐き出す様な、慟哭の様な必死なものになって行く。何だこの声は、と自分でも笑ってしまうほど上ずっている。
「名前を、呼んで欲しいです。オジサン…」
名前なんてどうでもいいと思っていた。オジサン相手だ、好きに呼ばせてやろうと呆れ交じりに訂正を止めたあの時。なのに今は…
「ったく、馬鹿な子だな。バーナビー」
当然のように、当り前のように、名前を呼ばれた。
「俺がバーナビー、って普段呼ばないのはあれだよ、あれ…」
少し歯切れの悪い口調で照れたようにほほをかきながら体ごとこちらを振り向く。裾を掴んでいた手からあっけないほど簡単にすり抜けて。
向かい合ったオジサンは笑みを浮かべている。柔和な笑みは時々彼が年下の同僚たちに向けているものに似ていて、すっと心に入り込んでくる。
「自分だけの呼び名、なんて一度手に入れちまったら、手放せねぇだろう?」
ぽんっ、と頭に置かれた掌。
わしゃわしゃと髪をかき交ぜるように撫でられた。そのあと二回、ぽんぽんと軽く叩かれる。
ニッと歯を見せた満面の笑みで迎えてくれた。






取材の時トレーニングルームでアニエスがバニー呼びを怒鳴ったせいかこの呼び名をさんざん聞いたヒーロー達も彼をバニーなんて呼ぶ事は無い。
彼をバニーと呼ぶのは、俺だけ。
「バーナビー。ごめんな。お前の事軽く見て呼んでたわけじゃないんだ」
一回りとちょっと年の離れたこの後輩は普段はびっくりするほどドライなくせに、時々妙な事にこだわりを見せる。メンタル面で気にする事が多いってのは、やっぱ繊細なんだなぁ、と軽く頭を撫でながら思った。
「俺にとって『バニー』って呼び方に愛着というか、思い入れがあるから」
ヒーローとも思ってる。相棒とも思ってる。ただそこの『俺だけの』をつけたくなっちゃうんだよ。
そう言うと真意を理解したようにさっとバニーの耳が赤くなった。
「なら、構いません…」
俯き気味だった顔あげて姿勢を正す。目線をそらしても赤くなった耳は隠れてねーぞ。お、首もほんのり赤い。
「構いません。僕の事、バニーって呼んでも…」
偉そうに、と笑ってやりたかったがちょっとだけ素直になったその態度に免じてからかわないでやるよ。













「あとお前、気づいてないみたいだけどな…」
「はい?」
「俺、ベッドの上ではちゃんと『バーナビー』って呼んでるんだぜ?」
耳と首どころか全身真っ赤になるバニーに思わず噴き出した。人気のない廊下に俺の笑い声が響く。
「あとお前も俺の事虎徹って…」
「もういいですっ!この件は終わりにしましょう、終了です」
自覚の無い己の行動まで暴露された事により冷静さを失ったバニーは見物だった。だが、これを見れるのも俺だけ。
それじゃ、僕はシャワールームに行くので、そう言って足早に去る背中に、誰もいない事を見越して笑い交じりに声をかける。
「愛してるぜ、バニー」












(独占欲を孕んだ音で、名を呼ぶよ。今日も明日も明後日も)







ドラマCDや10話等3人称なら虎徹が『バーナビー』呼びをしてるようなので。虎徹の中では妻から夫への『あなた』とかの意味合いで『バニー』って呼んでる気がする。逆にバーナビーは『うちの奥さん』とか言う意味で『オジサン』って人前で呼んでるように聞こえます。6話に取材時とかのセリフはもう名前呼んでるだけでそこはかとない嫁自慢に聞こえて仕方ない。『うちのオジサン』だけのけ者にしちゃ可愛そうですよ、とか。







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