虎徹観察日記







虎徹観察日記


今日の先輩は普段に比べて一段とおかしかった。
まず、普段ならべたべたと鬱陶しいほど構ってくるのに今日は妙に離れている。そのくせ視線はチラチラとこちらを気にしていて顔を向けると8割の確率で目があった。
訓練嫌いの先輩が今朝出社後すぐにトレーニング室に来たのもおかしい。
しかも、あれで隠れてるつもりだろうか?パーティションの陰からあの独特の髪型が見えている。気になって仕方が無い。
隠れるようにこっそりとこっちを見ては、またささっと隠れメモ取ってる…その様は虎というより小動物に近い。
うっかり手を伸ばしかけたが、ギリギリの所で声をかけるのに留めた。
「何やってるんですか?」
他の事に気を取られていたのかハッとするように顔をあげ、瞬間しまったという後悔の表情をした。判りやすい人だ。
「バ、バニーちゃ…いや俺もトレーニングをしようかと思ってねっ!」
「その割には汗一つかいて無いじゃないですか。たまにはちゃんと運動したらどうですか?」
そう言うとしょぼくれたようにいじけだした。宥めかしていつものように隣りのベンチに座らせる。
しばらくは自分のトレーニングに集中できたが、時折くるりと背を向けて何かを書きとめるしぐさを見るとあっさりと集中力は切れた。
集中力が伴わないトレーニングは事故の元だ。早々に切り上げるとそのままシャワーにまで付いてくる。汗なんかかいて無いだろうに。
…だが、湯あがりを一緒にできたのはいい収穫。風呂あがりの腰、細いな…


お昼は先輩にご飯に誘われた。
普段は社員食堂を利用する事が多いのでこの時間帯に外に出るのは珍しい。本社近くの暗黙のルールがあるのか、いつものように写真やサインを頼まれる事は無かった。まぁ、先輩がずっと手を握ってたせいかもしれないけど。
重ねるとその差がはっきりと判る肌の色艶。使い鞣した鮫革のように独特の硬さと温度が心地よくずっと握っていたかった。
が、本社から離れすぎたせいか学生らしい女子の集団が携帯カメラを取りだしたので名残惜しくも慌てて先輩を止める。下手な写真はコンビ解消につながりかねない。
あの時の耳まで真っ赤になった先輩は可愛かったが、次の瞬間そのセンスに呆れかえった。僕に下町風の食堂?イメージってもの考えて下さいよね。
勝手におススメだという定食と自分の丼を注文して、又しゃべりだす。今日の先輩はよくしゃべるな。
先輩の話しは内容はともかくコロコロと表情が変わるのが面白い。
身ぶり手ぶりが大きくて、社員食堂やカフェの中じゃちょっと目立ちすぎるかもしれないが、こんなごちゃついた食堂は昼休みを一秒でも長くとるために食料を胃に流し込むような客がほとんどで注目はしても長時間見続ける様な物付きはいないようで助かった。
こんな可愛いオジサンは、僕だけが見てればいい。
その後懐からマイ調味料…というかマヨネーズのミニボトル出された時には絶句しましたが…
前は大きかった!?そういう問題じゃありません。
あぁ、がっつくからコメが口の端について…口でとったら怒られますね。我慢我慢。


今日はこれで終わりかと思ったが急にコール。これでまだ先輩と一緒にいられる。
素早く着替えたアンダースーツ…前から思ってたんですが、体のラインが出る全身黒のコレ、かなりエロいですよね。
薄い布がピッチリとはりついて…先輩の昔のスーツもこんな感じでしたが黒って色がいい。そして何より生ですから。写真やカードとは違います。
ヒーロースーツの装着場は何故か薄暗く明りが抑えられているうえ、急かされてまじまじと見る事が出来ないのが惜しまれる。
現場まではドライブです。
この位置は完全に先輩を見下ろせるので気分がいいが、まだ助手席に少々不満が残るのか時々先輩から文句が出る。だが、走行中は暴れられないので言い包めてしまえばそれまでだ。
「大人しくしてないと落ちますよ」
「ふーんだ、このスーツを着てりゃぁ、まず怪我は無いだろうぜ」
「あぁ、そうですか。それじゃ落ちますか。この速度で落ちれば普通ならすりつぶした挽肉みたいになっちゃいますけど、先輩なら大丈夫ですよね」
「うぁ、ちょ、ガードレールギリギリに擦り寄るの止めて!擦れてる、俺の左側擦れて火花散ってるからっ!」
「判ったら現場まで静かにしててください」
はーい、と渋々と言った様子で口を閉じる。ヒーロースーツの上からでもその不貞腐れた表情が判るようでじっと見ていたかったが、よそ見していてはさっき自分が言った事が現実になってしまう。
残念だが、仕事中はオジサン観察は控えておこう。


今日もポイントは0だった。先輩のおかげで。
ワイヤーを使うには射撃能力が低すぎるんじゃないだろうか、あの人は。犯人の頭上にワイヤー絡めて、おまけに僕と一緒に落ちるなんて。
お叱りを受けるのは先輩だけなので先に本日二度目のシャワーを浴びる。あのスーツは防臭性もある程度あるようだ。
さて…今日の失敗から察するに先輩は落ち込んで帰ってくるだろう。今日のポイント0の分、僕にも埋め合わせをしてもらわないと。
携帯に入ってる番号の中から深夜まで営業してるレストランを探し予約を入れる。
おいしいものが入ればあの人は機嫌がいいから。
デスクでメールの処理をしてると見るからに項垂れた先輩が戻ってきた。備品のシャンプーを使ってるのか安っぽい石鹸の匂いがした。
気づいていないのか、挨拶もせずに帽子だけ取って降りていく…はっ。
つい先輩の残り香に気が取られてしまった。急いで追いかけてもエレベーターは既に階下に。隣のエレベーターのボタンを連打し急いで飛び込む。
先に帰ってしまったか…とあたりをうろつくとなぜか下を向いてきょろきょろしている先輩の後ろ姿を見つけて安堵する。
しかし…財布でも落としたんだろうか?
「先輩」
「っ…なんだよバニーちゃん。まだ帰って無かったのか?」
やっぱりさっきは気づいて無かったのか…
「もう遅いですし、夕食ご一緒しませんか?」
その時の面くらったような顔は、またかわいかった。そう言えばぼくから食事を誘ったのはいつ以来だったか…
選んで店は先輩の好みに合ったらしく食事は和やかに進んだ。まぁ、料理に夢中になりすぎて先輩の返事が上の空だけだったんですけどね。
僕も結構我慢強い方だと思いますよ。あー、とかうーとかしか返事しないから『僕の事好きですよね』って質問したら『…さぁ』とか返ってきたし。
あと昼も思ったけど先輩は食事が下手だ。
何故かいつも頬に食材やソースをつけ無いと食べられない。
マスク無しで食事できるよう一番奥の人目の無い席を選んでいて良かった…きっと店員の冷めた目に晒されながら食事することになっただろう。
いっそ僕が食べさせてあげようか。暴れると困るから手足は縛った方がいいかもしれない。顎に手を当てて少し上を向かし、食事を与えるときは僕の目を見ることを教え込もうか…
「なぁ…」
「…ぇ、はい。どうしましたか、先輩」
うっかり想像に入り込みすぎたらしい。
少し伏し目がちな先輩が申し訳なさそうに僕を見ている。
どうしよう。やり込めて僕の意向に添わせるのも好みだが、自分から素直に従ってくれるのもいいかもしれない。
「今日は悪かったな。なんか、気まで使わせちまって」
「いえ…(その件は後で埋め合わせさせていただきますので)気にしないでください。もう慣れました」
「慣れましたって何だよ慣れましたって―」
またいつも通りに軽口が叩けるぐらいには気分が浮上したらしい。
全く手がかかるんですから。
「機嫌、治ったようでよかったですよ」
「おう…今日は散々だったけど美味い飯が食えたんで満足!」
あぁ、僕もその笑顔で満足ですよ…なんて謙虚な事はいいませんけど。
そろそろ…と思いチェックを頼むと先輩が慌てだした。自分も払う!だなんて、そんな頑固な年上意識がが先輩らしい。
だが既にカードを一緒に渡してしまったので今渡されても会計のしようが…ん?
「やっべっ…!」
「なんですか、これ」
急いで手を伸ばすが反射神経は若い僕の方が早い。
「なんですか?これ」
「え、あ、ちょ、中見るな…っ!」
「…」
中を見ると僕の行動がびっちり。8割文句が多いのが気になりますが…
『どうやら沢庵が苦手らしい。嫌いな物残すなんてかわいい所あるじゃないか』
『机が綺麗。みならわねぇとなぁ』
『睫毛長い。思わずじっと見つめてたら目が合って不覚にもドキッとしてしまった』
たまに書いてある可愛い一言に胸に金の矢が刺さった気がした。
あぁ、もうこのオジサンは…!
目が合う度にバツが悪そうに逸らしたあの顔が愛しい。
いい年して言いくるめられて拗ねた姿が愛らしい。
未だにいい訳を考えてる姿が愛おしい。
あぁ、もう我慢の限界だ。
「先輩、今日一日ずっと僕の事みてたんですか?」
いつもいつも、僕の頭の中は貴方でいっぱいで。調子が狂う。思考回路を壊される。
「朝から晩まで、僕の事で頭いっぱいだったわけですか」
そんなあなたが今日一日僕と同じ状態だったなんて…なんて愛おしいんだろう。
すっと立ち上がるとオジサンの横に立ちテーブルに片手をついて顔を寄せる。
ライトブラウンの瞳が命一杯見開かれている。
底の深いその色は光を吸い込むのか僕の姿を映さない。大事な物を沢山持った、僕だけを見ない瞳。
だからこそ、これは宣戦布告。
「明日も明後日も、ずっとずっと俺の事で頭いっぱいにしてあげますよ。オジサン」
チェックを済ませたボーイの靴音が聞こえるまで耳元に顔を寄せ想いを込めて囁く。
先ほど香った安っぽい石鹸の匂いがより濃厚に鼻をくすぐる。
今日はもうシャワーはいりませんよね?オジサン





(日記帳?必要ありませんよ。僕の脳内にしっかり刻んでますから)










バーナビーはそこはかとなく変態。きっとそう。







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