「花ー!花!…ったくあいつどこ行きやがったんだよ!」

舌打ちしてみたところで、花の姿が見当たる筈もない。そう分かっていても、オレは苛立ちを隠すことが出来なかった。

今日は久し振りに休みが取れたので、二人で出掛ける約束をしていた。だが、約束の刻限になっても花は現れない。
時々凄くとろい所があるあいつのことだ、きっと今日が楽しみで眠れなくて、それで寝坊でもしたのだろうと大方の予想を付けて花の部屋まで足を運んでみたが…そこにあいつの姿はなかった。

他に花が行きそうな場所をいくつか当たってみたが、そのどこにもあいつはいなかった。約束をすっぽかして一体どこに行ったんだ、という苛立ちは何時の間にか焦りへと変わっていることにオレは気付いた。
次々と浮かんでくる悪い予感に頭の中が埋め尽くされそうになったその時――この間公瑾が話していたことが突然鮮明に思い出された。

『花殿なら近頃、時間のある時は書庫に籠っておられるようですよ』

そして、オレの足は自然と花のいる方へと動き出していた。


「…いやがった」

書庫の扉を開くと案の定、花はいた。読みかけの書を胸に抱いて、気持ち良さそうに眠ってやがる。
この邸の中の安全には十分気を遣ってはいるが、流石に無防備過ぎる。そんなオレの気もしらないですやすやと眠ったままの花の姿を見たら無性に腹が立って来て、わざと音を立てて寝ているこいつの隣に腰を下ろした。だけど、それでも花はまだ起きない。

オレとの約束をすっぽかしてまで何を読んでいたのかと思い、花の周りに積み重ねられている書の一つを手に取って読んでみる――それは兵法について書かれたもので、あいつが大切だと思ったであろう箇所には栞が挟まれていた。

“軍師”としての役目を終えた今でも、花は進んで兵法や軍について学びたがる。前にもうそんなことする必要はない、と言ったことがある。その時あいつは何て言ったと思うか?

『ただ、守られるだけは嫌だよ。私だって仲謀の役に立ちたいもの』

笑って、こう言ったんだ――全く、こいつにはほんと敵わないよな。

「…仕方ねぇな」

今日は花の頑張りに免じて、自然と起きるまで待ってやるか。手近にある書を読みながら待っているうちに、何だかオレも眠くなってきて――何時の間にか意識を手放していた。





「あらあら」
「まあまあ」
「仲良しさんですねぇ」
「ですねぇ」
「お二人ともどうしたんですか?」
「あ、尚香ちゃん!見て見てー」
「…あら。でもお二人とも穏やかな寝顔をしていますね」
「楽しい夢でも見てるのかな?」
「ふふっ、同じ夢でも見ているのかもしれませんね」





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10000HITフリー小説でした。久し振りだったもので仲謀が迷子ですみませんでした…大喬、小喬、尚香を絡ませたかったので最後だけでも出せたのは良かったかなと思います(笑)