「ツチウラ、また明日」
「ああ、じゃあな」

同じクラスの奴と別れの挨拶を交わし、俺は下宿先への道を歩き始めた。

星奏学院を卒業し、そしてここウィーンに留学して約4か月。今までとの環境の違いに慣れなくて大変なこともあるが、音楽の本場で学ぶ生活はとても充実している。新しい発見も多い。ただ一つ気掛かりなことがあるとしたら――日本にいる香穂のことだろうか。

俺はここで、あいつは日本でそれぞれ頑張ることを決めた。勿論あいつに負けない位俺だって頑張ろうと思っている。だが、離れているのがもどかしく感じる時もある。香穂に寂しい思いをさせてしまっている自分が情けないと思う時だってある。

特に最近は色々と立て込んでいて連絡すら出来ない日々が続いた。そろそろ俺も限界だからメールか電話でもしようか…

「あ、梁太郎!おかえり!」
「…………」


…俺は思わず自分の目を疑った。どうして香穂がこんなところにいる?

今あいつのことを強く考えていたから幻覚でも見たのかと、二三度目をこすってみる。だが、それでも香穂は俺の目の前に立っていた。

「…おーい、梁太郎サーン、起きてます?」
「…起きてる」

どうやら幻覚ではないらしい。でもどうして香穂がこんな所にいるんだ?状況が全く把握出来ず、俺は何も言うことが出来なかった。そんな俺を見て苦笑してから、香穂は説明を始めた。

「まず、何で私がここにいるかということなんだけど…」
「そうだ、お前大学はどうした」
「大学はもう夏休みに入ってるよ。って、そうじゃなくて…今日は何の日か知ってる?」

まず今日の日付を思い浮かべて――俺はあることに気が付いた。そんな俺の表情を読み取ったのか、香穂が嬉しそうに俺に掛けた問いの答えを口にした。

「そう!梁太郎の誕生日を祝う為にやって来ました!」
「…本当なのか」

こんな所まで香穂がやって来た理由が俺の為だと聞かされた途端、どう表現したら良いか分からない感情に襲われて、そう返すのが精一杯だった。そんな俺の心情を知ってか知らずか、香穂は屈託のない表情で話し続ける。

「本当だよ。やっぱり誕生日は一緒にお祝いしたくて。というより、私が会いたかっただけなんだけどね」
「…ったく、お前は馬鹿だな」
「馬鹿ってどういう…」
「…ありがとな。すげぇ嬉しい」

もう我慢が出来なくなって、俺は香穂を抱きしめた。往来を気にしてる余裕なんてない。

「りょ、梁太郎…!」
「俺もお前に会いたかったんだ。だから、お前がこうして会いに来てくれて嬉しいんだ、本当に」
「梁太郎…そうだ、まだ言ってなかったね」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」

喜びや、香穂への愛おしさや沢山の感情が込み上げてくる――何て幸せなんだろう。
そんな想いが少しでも伝われば良いと、俺は香穂を抱きしめる腕に力を込めた。






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土浦誕生日おめでとうということで書きました。毎年書いているのですが、今年は大学1年の誕生日という設定で書いてみました。
土日はコルダで最愛ですね。あの対等な感じが堪らないです(笑)土浦誕生日おめでとう!