禍日神を打ち滅ぼした後、千尋は正式に中つ国の王に即位した。長きにわたる戦で疲弊した国を建て直すことはやはり容易なことではなく、山積みにされた問題を片付ける為に奔走する日々が続いていた。
また、千尋は中つ国の女王であると同時に、常世の国の皇アシュヴィンの妃でもある。彼女は時間が出来た時には中つ国の現状を報告がてら、アシュヴィンに会いに常世の国へ戻って来ていた。

このところ忙しかったせいでなかなか常世の国へと足を運べなかったからか、根宮が何だか懐かしく感じられる。そのまま宮殿の中に入ると、数人の文官が千尋を出迎えてくれた。

簡単な挨拶を済ませ、千尋は必要な書簡を文官へと渡した。そして自室に向かおうと思った時、ふと宮殿の中が何だか慌ただしい空気であることに気が付いた。
もしかして今日は来客があるのだろうか?と考えていると、目の前を見慣れた人物が通りかかったので千尋はすかさず声を掛けた。

「リブ、シャニ!」
「や、これは皇后様。お戻りになられたのですか」
「お姉ちゃん久し振りだね!」
「ええ、今戻ったとこなの。それで聞きたいことがあるんだけど、今日何かあるの?」

良く見るとリブも手に贈り物のような包みを抱えている。疑問に思ったことを口に出すと、リブとシャニが不思議そうな表情で千尋を見遣った。

「え、皇后様もしかしてご存知ないのですか?」
「一体何のこと?」
「お姉ちゃん知らないの!?今日アシュヴィン兄様の誕生日なのに」
「………えええええ!?」

シャニの口から告げられた内容があまりに衝撃的過ぎて、千尋は大声を上げてしまった。今日がアシュヴィンの誕生日だなんて、今の今まで知らなかったのだ。

「や、これは…貴方のことですからてっきりご存知かと…」
「僕もお姉ちゃん知ってると思ってた…」
「…ちょっと行ってくる」

困惑した様子のリブとシャニにそう告げると、千尋はアシュヴィンの部屋の方へと駆け出した。
そして部屋の前に辿り着くと、ノックもせずに思い切り扉を開けた。

「アシュヴィン!」
「――っ!?」

何の了承もなしに突然扉を開けられ、流石のアシュヴィンも驚きを隠せないといった表情で、部屋の入り口に立っている千尋に視線を向けた。

「…何だ千尋か。お前戻っていたのか。どうしたそんな血相を変えて、何かあったのか?」
「うん、あった」
「一体何だ?話してみろ」
「…どうして今日が誕生日だって教えてくれなかったの」
「はあ?」

何のことか分かっていない様子のアシュヴィンに、千尋はますます苛立ちが募る。そのせいか、ついつい語気が強くなってしまう。

「だから!今日アシュヴィンの誕生日なんでしょ!」
「……あ、すっかり忘れていた」
「…えっ?」

返って来た予想外の返事に、千尋は気の抜けた声を出してしまった。そして千尋は思い出した――アシュヴィンが意外にも自分に関することに頓着しない人間だということを。どうやら本当に彼は自分の誕生日を忘れてしまっていたらしい。

「となると、今夜は逃げられないということか…まあ仕方がないな。しかし、お前がそこまで気にするようなものか?俺の誕生日など」
「当然気にするよ!だってプレゼントとか用意したいじゃない」
「プレ…?」
「贈り物のことだよ。折角の誕生日だもの、ちゃんとお祝いしたいよ…」

それが出来なかったことに不甲斐なさを感じたのか、千尋はすっかり肩を落としてしまった。
そんな千尋の様子に、アシュヴィンは若干戸惑いを覚えた。自分の誕生日など彼にとっては然して大切なものではなく、周りからご機嫌取りかのように祝われて寧ろ面倒なものだと思っていたからだ。

だが、千尋はそれを折角の誕生日だ、と大切そうに扱う。正直アシュヴィンにはその感情は理解出来ないが、千尋にそう思ってもらえるなら悪くはないかもしれないと思う気持ちも確かにあった。

「それならば、今俺が欲しいと言ったらお前は何か用意してくれるのか?」
「…うん!私が用意出来るなら何でも」
「そうか、なら――」

ふわり、とアシュヴィンは外套で千尋の身体を包み込んだ。そして顔を近付けると、少し意地悪そうな笑みを浮かべて囁いた。

「お前から好きだ、と言って欲しい。いつも言ってはくれないからな」
「ええっ!?」
「何だ、俺が欲しいって言ったら用意してくれるんじゃなかったのか?」
「うっ…」

そこで千尋は言葉に詰まり、暫し迷うような素振りを見せた。そして、ぎゅっとアシュヴィンの服の裾を掴むと――かろうじて聞こえるような小さい声で呟いた。

「アシュヴィン、誕生日おめでとう…大好きだよ」

その瞬間、千尋は外套ごと強く抱きしめられた。

「…お前に祝われるなら、誕生日も存外悪くはないな。千尋、ありがとう」

外套に隠れているために千尋からアシュヴィンの顔は見ることは出来ないが、彼の言葉から本当に喜んでくれているのだということが伝わって来て、千尋の心は喜びで満たされたのだった。


Stay with you

(来年も再来年もその先もずっと…貴方の傍で一番に祝いたいの)



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アシュヴィン誕生日おめでとう!ということで書きました。実はアシュヴィン大好きなんですけど、なかなか話書いてないっていう(笑)だから今回自己満足ではありますが書けて良かったです。