「孔明、俺だ」

今朝の朝議で孔明から相談したいことがあると聞かされて、玄徳は自身の職務を終えて孔明の執務室へとやって来た。だが扉を叩いて声を掛けてみても、返事はなかった。

「いないのか…?」

今日はずっと執務室にいます、と孔明は言っていた筈だったがと玄徳は朝の記憶を辿った。だが、忙しい孔明のことだ、急な客人でも来たのかもしれない。
今日はもうやるべきこともないし、いずれ孔明も戻ってくるだろうと思い、玄徳は執務室の中で孔明の帰りを待つことに決めた。

扉を開け、部屋の中に入った玄徳は――視界に飛び込んできた光景に驚くことになった。

「は、な…!?」

執務室に置かれた文机に突っ伏すようにして花が眠っていたのだ。執務の途中で寝てしまったのだろう、眠る彼女の横には書簡が幾つか積まれていた。
玄徳が訪れたことにも気付かず、花は規則正しい寝息を立ててすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

その様子に、玄徳は大きな溜息を吐いた。ここは孔明の執務室、彼の弟子である花がいることに何ら問題はないのだが――ここでこんな風に無防備な寝顔を見せていることとなれば話は別だ。
花にはこの世界での常識が通用しないということはもう分かり切ったことであるが、それにしても彼女には警戒心が足りな過ぎると玄徳は常日頃から思っていた。

それに自分の部屋でこうして寝ているならまだしも他の男の部屋で、ということが何だか面白くない。そう感じてしまう自身に、玄徳は苦笑した。

「…本当に、俺は花のこととなると周りが見えなくなるな」

少しは改めなければと思う反面、花の寝顔を誰にも見せたくはなくて、孔明が戻ってくる前に彼女を起こさなければと玄徳は考えていた。しかし、名を呼んでみても軽く肩を揺すってみても、花が起きる気配は一向にない。

どうしたものか、と玄徳は困り顔になった。その時ふと、以前花がしてくれた話が玄徳の頭の中に浮かんだ。
それは花のいた世界のお伽話の一つ。永い眠りについたお姫様が王子様から与えられる口付けで目が覚める、というものだった。

「王子という柄でもないがな」

と呟きを零し、玄徳は眠る花に顔を近付けた。お伽話を口実に、本当はただ花に口付けたいだけなのだ、ということに玄徳は勿論気が付いていたが、知らない振りをして花との距離を近付けていった。

そして柔らかい花の唇に、玄徳は自分の唇を合わせた。暫しの間彼女との口付けを堪能して、玄徳は唇を離した。すると――ゆっくりと瞼を開けた花と目が合った。

「げ、んとく…さん…?………えっ!?」

至近距離で映る玄徳の顔。そのあまりの近さに驚いて、花は飛び起きた。心臓が早鐘を打ったかのようにどきどきと鳴っている。

「おはよう、花」
「お、はよう…ございます」
「良く眠っていたようだな」

目の前にいる玄徳は、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべている。だが、目が覚めた時のことを思い出すと絶対に何かあったに違いない。
そう思った花だったが、それを言葉にして玄徳に伝えることなんて出来る筈もなく、ただ挙動不審な態度を取ることしか出来なかった。

「あ、の、玄徳さん、えっと」
「どうした?」
「い、いえ…」
「そうか?それと花、寝るのは良いがこんな所で寝るな。風邪を引くぞ」
「はい、すみません」
「あと…寝るなら俺の部屋で寝てくれ。…他の男の部屋で寝られたら俺の気がもたん」
「え?」
「いや、何でもない。気にするな。そうだ、花。今夜は俺の部屋に来い」
「…ええっ!?」
「嫌か?」
「いや、じゃないですけど…」
「なら決まりだな」

そう言って笑みを深くした玄徳に、花はただ顔を真っ赤にするしかなかった。


眠り姫に口付けを

(な、何で玄徳さんのスイッチ入っちゃってるの…!?)



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またもや玄徳さんの嫉妬話を書いてしまいました^q^だって美味しいんだもん…!そして孔明いつもごめんなさい←
優しいのに実は狼な玄徳さんに萌えです。というか恋戦記の大人陣は文若と雲長以外自重やら何やら出来ないマダオばかりですよね(笑)孟徳と公謹が筆頭ww年少組の方が色々としっかりしてる。マダオなのに萌える不思議←
移植も決まったことですし、恋戦記の方もこれから力を入れて更新していきたいところです!