『ねえ、錫也。今日は遅くなりそう?』
今朝珍しく月子にそう聞かれたことを思い出しながら、俺は家までの道を急いでいた。 今朝の時点では仕事が忙しいとかそういう予定はなかったから、いつも通りに帰れると答えたのだけど、午後になって急に仕事が入り、結局残業をする羽目になってしまった。
仕事の間連絡を入れることも出来なかったから、きっと月子を心配させているに違いない。 一秒でも早くあいつの顔が見たくて、俺は走り出していた。
「ただいま」
ドアを開け、帰宅を知らせる。だけど、月子からの反応はなかった。
「月子…?」
いつもなら俺が帰ると玄関までやって来ておかえりと言ってくれるんだけど…鍵は開いてたからどこかに出掛けているという訳ではなさそうだ。
不意に俺の頭の中を不吉な想像が駆け巡った。もしかして、月子の身に何かあったんじゃないか――そう思ったらいてもたってもいられなくなって、俺は月子のもとへ駆け出していた。
「つ、きこ…?」
まず最初に向かったリビングに月子はいた。どうやらソファーで眠っているようだ。規則正しい寝息が聞こえて来て、俺はほっとする。月子に何もなくて本当に、良かった。
それからテーブルの上へと視線を移し、俺は並べられた料理がいつもより豪華なことに気が付いた。どうしてだろうと少し考えた後、今日が俺の誕生日だということを思い出した。
「そうか…」
ここで今朝どうして月子があんなことを言ったのか、その答えに行き着いた。あいつは俺の誕生日を祝ってくれようとしたんだ。苦手な料理も頑張って…だからきっと待ちくたびれて寝てしまったんだろう。
みるみるうちに、俺の心は月子への愛しさで満たされる。月子の横に座り、さらさらの髪を梳いてみる。だけど、俺のお姫様は一向に起きる気配がない。
「…仕方ないな」
眠りに就いたお姫様を目覚めさせる手段なんて、一つしか知らない。俺はそっと月子の唇にキスをした。すると、月子はゆっくりと瞼を開き、その瞳に俺を映した。
「すずや…?」 「ただいま。遅くなってごめんな」 「ん…おかえり…って私寝ちゃってたの!?」
ガバッと勢い良く起き上がって、月子は俺の腕を掴んだ。その勢いに圧倒されてしまって、俺は一瞬言葉を失った。
「錫也誕生日おめでとう!」 「え…」 「ほんとは寝ちゃったりなんかしないで、錫也が帰ってきたらすぐ言うつもりだったの…あ、料理用意したの!上手く出来たかどうかは分からないけど…」 「月子…ありがとう」
堪らなくなって、ぎゅっと月子を抱きしめた。月子が愛し過ぎてどうしたら良いのか分からない。絶対にこいつを離したりなんて…出来やしないんだ。
「月子、大好きだ。愛してる…」
もう一度、その愛らしい唇にキスをする。
本当に好きで好きで仕方がない、俺のたった一人のお姫様。月子への想いは日毎どんどん深くなって、俺はその中へ溺れていく。
――こんなにも幸せなこと、他にはないんだよ。俺には、お前がいてくれさえすれば…何もいらないのだから。
My Dear...
(だって、俺の幸せはお前以外考えられないんだから)
**** 錫也誕生日おめでとう!ということで結婚後の二人を書いてみました。月子が自分のすべてだと思ってる錫也が大好きです(笑)本当におめでとう!
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