「ふっ、はあっ!」

夏特有の厳しい日差しが照りつける中、望美は借りた宿の濡れ縁に面した庭で剣の稽古を行っていた。
リズヴァーンに教わったことを心の中に浮かべながら流れるように、しかし力強く剣を振り下ろす。それはまるで舞を舞っているようにも見える。

「こんな暑いのに良くやるな」
「……将臣くん」

背後から声がして振り返ると、そこには感心したような表情をした将臣が立っていた。望美は剣を振るのを止め、そのまま将臣がいる濡れ縁の方へと近付いた。

「もうかれこれ一時間近くやってんじゃねぇか?」
「そうかな?でもまだやらないと」
「まだやんのか?こんな暑いとぶっ倒れるぞ」
「大丈夫だよ!それに全然足りない…あれ?」

一瞬目の前が真っ暗になって、望美はバランスを崩してよろけた。それに気が付いた将臣が咄嗟に庭に下りて望美の腕を掴んだため、望美は倒れることなく済んだのだった。

「…ったく、言わんこっちゃない」
「え、あ…ちょっと立ちくらみしただけだし大丈夫…」
「じゃないだろ。望美、お前少し休め」
「でも…」
「とにかくこっち来い」

そう言った将臣の表情がいつになく真剣味を帯びていたので、流石の望美も心配されていることに気付き、それ以上何も言えなくなった。大人しくなった望美の腕を引き、将臣は近くの空いている部屋の中に入った。

「…ここなら涼しいだろ。ここで休め」
「うん…ありがとう」
「お前、ちょっと無理し過ぎ。そこまでやらなくても良いだろうが」
「え…」

その瞬間、望美の表情がぎこちないものに変わったことを、将臣は見逃さなかった。どうしてそんな顔をしているのか、と問いたい気持ちもなくはなかったが、それよりも今は何だか様子がおかしい目の前の幼馴染みを何とかしようと、望美の頭をぽん、と優しく叩いた。

「…ったく、一日位休んだって誰もお前のこと責めないぜ」
「そう、かな…」
「当たり前だろ。時々息抜きでもしないと、いつかパンクしちまうぜ」
「う、ん」
「…お前はそんな辛気臭い顔よりもこっちのが似合ってるな」

一度じっと望美の顔を眺めたかと思うと、突然将臣は望美の両頬を引っ張り出した。

「ひょっと!ひゃにひゅるの!?(ちょっと!何するの!?)」
「ぷっ…超間抜けヅラ!」
「もー!将臣くんたらひどい!痛いよ」

今さっきまで将臣に引っ張られていた頬をさすりながら、望美は将臣に抗議した。すると、将臣は満足そうに笑って望美の頭を豪快に撫でた。

「わっ!ちょっと髪の毛ぐちゃぐちゃになるって!」
「…漸くいつも通りに戻ってきたな」
「え?」
「まあ、取り敢えず今日は休んどけ。俺は宿内にいるから、何かあったら呼べよ。んじゃな」
「将臣くん!?」

ひらひらと手を振りながら将臣は部屋を出て行ってしまい、望美は一人部屋に残された。あれだけ釘を刺されてしまったからには、もう今日は鍛錬をする訳にはいかないだろう。

将臣が自分のことを心配してくれているのだということを、望美は痛いほど理解していた。しかし――休んでいると思う度に、望美の中でどんどん焦りが膨らんでいく。

「…時間が、ないんだよ」

これまで幾度となく見てきた、将臣と剣を交える未来を変える――その為には力が必要だった。しかしそれを手に入れる為の時間がもう殆ど残されてはいない、その事実が望美を追い詰めていた。


タイムリミット

(私を一番責めているのは――他でもない、私自身なんだ)



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最近幸せそうな話ばかり書いていたので、久し振りにこういう殺伐…というか甘さのないシリアスものでもと思って書きました。こういう将望も好きなんです(笑)





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