ぼんやりと、窓の外を眺める。

それは見慣れた景色の筈なのに、どこか遠い。きっと、あの世界にいた時間が長過ぎて帰って来たという実感が…まだない。

『望美さん、あなたは元の世界に帰って下さい』

あの時の弁慶さんの言葉が戻って来てからもずっと頭の中に響いている。壇ノ浦で全てが終わった訳じゃない。弁慶さんは私に嘘を吐いた。だからこんな所で安穏としている場合じゃない、戻らなきゃって思うのに

――戻って弁慶さんにまた拒絶されたら。そう思うと怖くて、私は動くことが出来ないでいた。


何時の間にか授業は終わっていて、昼休みが始まっていた。ふと教室の入り口に目を向けると、そこには譲くんが立っていた。

「譲くん、どうしたの?」

席を立ち、譲くんの所へ駆け寄る。すると、譲くんは酷く真剣な表情をして

「先輩、話があるんです」

だからちょっと来て下さい、と告げた。


「先輩、源平合戦の結末は知っていますか?」

教室を出てから一言も言葉を発しなかった譲くんは、人気の少ない特別教室の前までやってくるとそこで足を止め、突然私にそう尋ねてきた。

「え…?」
「壇ノ浦で源氏は平家を倒しました。その後源氏が…いえ、源義経がどうなったか、知っていますか」
「どういうこと…?」

譲くんが言おうとしていることが良く分からない。源平合戦の結末…?壇ノ浦で平家を倒した後に、まだ何か残っているってことなのだろうか?
私の問い掛けに、答えることを少し迷うような素振りを見せた後、譲くんは再び口を開いた。

「壇ノ浦の戦いで功績を上げた義経は、頼朝の反感を買って命を狙われることになるんです。奥州…平泉まで義経は逃げるのですが、そこで自害。そして武蔵坊弁慶は――」

続く言葉に、私の頭の中は真っ白になった。

「――最後まで義経を守り抜いて死ぬんです」


うそだ、と思った。お兄さんの為にあんなにも頑張った九郎さんが、反感を買う訳ないって。追い詰められて死んだりなんかしないって。だけどその反面、この世界に戻って来てから漠然と抱いてきた不安や、弁慶さんが私を帰した理由の正体に思い当たった気もしていた。

「あの世界は、この世界とは若干違うからもしかしたら違う未来を迎えるのかもしれません。だけど、史実と同じ結末を辿る可能性は十分あります。弁慶さんはきっとこのことを予想していて先輩や俺をこの世界に帰したのかもしれません…だからあなたにこの事実を伝えるか迷いましたが、やっぱり俺には仲間を見捨てることは出来ませんから」

譲くんが真っ直ぐに私を見る。譲くんが聞こうとしていることを、私はもう分かっていた。

「…先輩、あなたはどうしますか?」

弁慶さんが私たちを危険な目に遭わせまいとして帰したことも、もしかしたら歴史を変えてしまうかもしれないことも分かっている。そして、今あの世界に戻ることが命の危険を伴うものだってことも。

それでも、私は弁慶さんのところに行きたい。弁慶さんにもう一度――会いたい。

「…私、行くよ」

私の答えに譲くんは一瞬ほっとしたように笑ったけれど、すぐにまた真剣な表情に戻った。

「それなら、俺も行きます」
「え、でも危ないよ!?」
「だからこそです。それに…俺だって二人を助けたいんですよ」
「譲くん…」

『それが、神子の願いだね』

突然聞き覚えのある声がして振り返ると――そこには何時の間にか白龍が立っていた。

「白龍!?」
『またあの世界に戻ることを、あなたは望むの?』
「…うん、そうだよ」
『それなら願って。神子の願いを強く』
「分かった」

手の中の逆鱗を握りしめ、私は強く願った。またあの世界へ戻ることを。そして――再び大切な人を守る力を手に入れることを。

すると、私の願いに応えるかのように逆鱗は白く眩い光を放ち、私達を包み込む。その瞬間、大きな流れに飲み込まれるような感覚を覚え、私は咄嗟に目を瞑った。

瞼の裏に浮かんだのは、あの日の弁慶さんの姿。私を拒んだ瞳を思い出して少し胸が痛くなったけど――私はもう迷わない。

「弁慶さん…!」


もう一度その名前を呼ぶことが出来た時に――あなたが微笑ってくれたなら。



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十六夜ルート前提の弁望です。続きます。ED前の話は一度書いてみたかったので。今回は望美視点、次は弁慶視点の予定です。





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