朝食の片付けと洗濯の手伝いという2つの仕事を終えて、昼食まで暫しの自由時間が出来た俺は自分に宛がわれた部屋で弓の手入れをしていた。
すると、何やら人の気配がしたので顔を上げてみる。と、そこにはヒノエが立っていた。

「…どうしたんだ。何か用か?」
「用があると言えばあるし、ないと言えばないね」
「どっちなんだよ」

用がないなら邪魔するな、という感情を込めた声で返すとヒノエは俺の目を一瞬だけ見てから軽い口調でこう言った。

「お前に聞きたいことがあってね」
「真面目な内容じゃないならお断りだぞ」
「真面目な内容さ…なあ、譲。お前は何時から望美のことが好きなんだい?」
「――っ!」


それは本当に突然だった。予想もしていないヒノエからの質問に、俺は激しく動揺した。
一瞬、茶化されているのかとも考えた。だけど、ヒノエの表情があまりにも真剣だったから、そうではないのだとすぐに理解した。だから、誤魔化すことなんて許されないのだと。

「…もうずっと前からだ。ほんの小さな子供の頃から、俺は先輩が好きだ」

事実だった。きっかけは何だったのかもう覚えていない。もしかしたら幼い頃に先輩が俺を庇って骨折した時に感じた無力さがそれに当たるのかもしれない。
少しでも先輩を守れるような男になりたいと必死で努力した。どうやっても埋められない1年という時間を、他の方法で補おうと。料理を覚えたのだって、先輩の笑顔が見たかったからだ。

「…それならどうして、望美に好きだって言わない」

ヒノエの言っていることは尤もだった。俺がこんなにも長い間先輩を想っていることを知ったなら誰だって疑問に抱くことだろう。
だけど俺には――

「…俺には無理なんだ」
「何でそう思うんだ」
「それは…」

言葉に詰まった。どう答えればヒノエを納得させられるのか分からない。
告白出来ない理由は明白だ――俺にその勇気がないから。先輩に拒まれて、今までの関係を続けられなくなってしまうのが怖い。それならいっそ、“優しい幼馴染み“で彼女に一番信頼される存在であった方が良いんだ。

「逃げるのか」
「……っ」

ヒノエの赤い瞳は真っ直ぐに俺を捉えていた。逃げる、という言葉が俺の胸に深く突き刺さった。

「それなら丁度良いや。それなら姫君はオレが貰うとするよ」
「っ…ふざけんな!」

姫君を貰う、というヒノエの軽い言葉に俺の頭は一気に熱くなって何も考えられなくなった。無意識のうちにヒノエの胸倉を掴み、俺は怒声を上げていた。

「先輩を軽く扱うな!俺がどんな気持ちで先輩を…っ!」
「そこまで望美のこと想ってんなら言えよ!」
「っ……」

そうだ、そうだよな…怒る俺が間違っている。だけど、俺には。俺には…

「俺には時間が…」
「譲?」
「…いや、何でもない。ごめん、感情的になって」
「いや、オレも熱くなり過ぎたからな」

悪かった、とそれだけ言ってヒノエは部屋から出て行った。


一人だけ残された部屋で、俺は立ち尽くした。

「もう…時間がないんだよ…」

あの夢が現実のものになるのなら、俺にはもう殆ど時間が残っていない。先輩を幸せにする時間なんて…ある筈もない。だったら、他の男の手で幸せになってくれればと思う気持ちもある。きっとそれが正解なんだ。

「でも…やっぱり、無理だ」

他の男の隣で幸せそうに微笑う先輩の姿なんて想像しただけで気が狂いそうだ。俺の隣で俺の為だけにその笑顔を見せて欲しい――そんな自分勝手な考えばかりが浮かぶ。


「…馬鹿な願いだよな」


本当に馬鹿げた願いだ。叶う筈もない――だって、俺は間もなく死んでしまうのだから。先輩、誰よりも大切なあなたの目の前で。


蝕まれゆくセカイ

(それでも俺はあなたを愛す――最期を迎えるその時まで)



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ブログ再録。譲望前提のヒノエと譲のやり取りを書いてみました。この2人の関係性が結構好きです。救われない話ですが、少し続きます。





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