遠くから、人がやって来る気配がした。それはどんどん近付いてきて、追っ手の襲来を弁慶へと告げた。その数は数十、いや百を越えるかもしれない。

「…全く、どれだけ本気なんですか」

手に持っていた薙刀を強く握り、弁慶は構えの姿勢を取った。その直後、先頭部隊と思われる集団が弁慶の目の前に現れた。

「そこのお前、何者だ?退いてもらおうか」
「待て、黒い外套に薙刀といえば…」
「もしや…」
「そのもしや、ですよ」

その一言に、ざわめいていた追っ手達は一瞬にして黙った。そんな彼らを一通り見渡し、弁慶は薙刀を持つ手により一層力を込める。

「我が名は武蔵坊弁慶!ここから先、誰も通しはしない!」

それが、合図だった。追っ手の兵士達が次々と弁慶に襲い掛かり、弁慶もまたその兵士達を一人一人薙ぎ倒していく。
初めは弁慶の方が優勢に見えた。だが、やはり数の面での圧倒的な不利は否めない。向かってくる兵士を相手にしているうちに、次から次へと後続部隊がやって来る。弁慶の体力も限界へと近付いていた。


その時だった。ドス、という衝撃が背中に走った。その直後に訪れた痛みに、矢で撃たれたことに気付く。
何とかして矢を払おうとしたのだが、一度生まれてしまった隙を埋めることは難しく、次々と放たれる矢が弁慶の身体へと突き刺さる。倒れないように何とか踏み止まっていた弁慶だったが、矢で足を貫かれ、遂に地面へ膝を付いてしまった。

急速に身体の力が抜けて行く感覚に、弁慶はもうここまでか、とぼんやりと思った。九郎が逃げる為の時間稼ぎが出来たなら、それで良い。九郎が生きていてくれるなら自分の命など――なくなっても良い、それが弁慶の本心だった。

不意に、頬を何か温かいものが触れた気がした。顔を上げると、そこには瞳に涙を浮かべた望美の姿があった。

「弁慶さん!」

これは幻なのだと、弁慶は思った。今この瞬間に望美が目の前に現れて、そして必死に自身の名前を呼んでくれるなど、ある筈がない。最期に見る夢としては、上出来過ぎる位だろう。

「どうせなら笑った顔が見たかったけれど…最期に君の姿が見られるなら、僕の生涯も悪くはなかったかな…」
「最期になんてさせません!」
「え…?」

弁慶の頬に触れていた望美の手に力がこもり、弁慶は目を見開いた。

「先輩!弁慶さんは!?」
「神子!九郎達も連れてきたよ」
「く、ろう…?」

今ここにいる筈がない人達の声が次々と聞こえて来て、弁慶は耳を疑った。加えて、逃がした筈の九郎の名まで出されて、弁慶は何が起こっているのか即座に理解することが出来なかった。

「弁慶!この馬鹿者!俺だけ逃がそうとするなんて許さないぞ!」

だが、自身を怒鳴りつける九郎の声を聞いて漸く弁慶はこれが夢ではないことを悟った。元の世界に帰した筈の女性も、逃がした筈の親友もまた自分の元へ戻って来てしまうとは――考えに考え抜いた策も真っ直ぐ過ぎるこの二人の前では何の役も立たないと思い知らされ、弁慶は気が抜けたように笑った。

「はは…君達には敵いませんね」
「それだけ言えるなら大丈夫だな。文句はこの場を切り抜けてから言わせてもらうぞ。望美!行くぞ!」
「はい!…弁慶さん、絶対に生きて帰りましょうね」

そう告げた望美の瞳はとても綺麗だった。あまりにも綺麗過ぎて泣いてしまいそうな程に。

「……はい」

敵へ真っ直ぐに向かって行く望美の背中を見つめ、弁慶はひとつだけ誓った。

全てが終わって、もう一度彼女の名前を呼べるのならば――その時は、本当の想いを伝えようと。






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何か月放置したかしれないですが…これで完結となります。十六夜ルートラストを自分で捏造し、補完しました。望美だけではなく九郎達も戻って来てくれてれば良いなという願望も入っています。弁慶には本当に幸せになってもらいたいですね。





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