綺麗な海でしょう?
あなたはきっと、これより美しい海を知っているのかもしれないけど、私の中では、これが一番なの。

それは、高い丘から臨む、日が落ちる直前の海だった。

夕日の、橙だとか、赤が入り混じった色。
照らされたひとりの女と、その彼女に抱き上げられた子供の顔が、何より綺麗だった。

「ねぇ、マルコさん」
「…何だよい」
「私の代わりに、この子を連れていってはくれませんか」

女は、漸く最近歩き始めた歳の位の、腕の中で眠る子供を見て、そう呟く。

「この子に、これ以上ない海を、見せてあげてくれはしませんか」

女は、こっちを向くことをしない。
子供を見るか、もう沈みかけた日を見るか。

「…お前は」
「私は、良いんです」
「……」
「だから、この子だけでも」

そこでやっと、女は、俺と目を合わせた。
ぼたりと頬に落ちる水滴が、残り少ない光に当たって、反射する。

「俺が、お前も連れて行くって言ったら、どうするんだよい」
「そんな酷いこと、言わないでください」


たった二ヶ月だ。ログが溜まるための、その期間。
その少ない期間で、俺は、俺とこの女は、言葉にこそしないものの、そう想い合ってしまった。

子供の父親は海賊で、この島にそこそこ長く滞在し、それから海に出て、まだ女が妊娠している間にどこかで死んだらしい。
確率は低いとしても、その男を俺が殺した中にいるかもしれなかった。

いや、そうだったら良い。
その男が死んだからこそ、こうして女の気持ちが自分に向いたのだから。

子供が居ても、別にいい。
まさかこの自分が、他人の子供を可愛いとさえ思う日が来るなんて思いもよらなかった。
子供を連れて、船に戻ってもいいくらいには、子供を育ててやってもいいと思うくらいには、この子供も大切だった。


日が沈む。
あの日が次に昇ったとき、俺たちはこの島から出て行く。

そして二度と、この地を踏むことはないかもしれない。


二度と、この女に会うことも、ないかもしれない。



……ッは、何のための、海賊だ。



「ヘレン」
「はい」
「連れて行く」
「……ひどいひと、」
「何とでも言えば良いよい」


攫ってしまえばいい。
攫って、自分のものにしてしまえばいい。

人質の様に、子供を女の腕から奪って、抱き上げる。
柔らかくない腕にむずがる様に子供は目を覚まし。

笑って、俺の顔に小さな手のひらを伸ばすのだ。



「全部、俺のものだ」



女も、その女の血を引く子供も、これから先見る世界も。

全部、全部。



幸福な死の宣言



俺だけの、ものだ。

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