ふわり、と風が吹いて、寒いと思った途端に急に、ふわり、と暖かいものが身体を包んだ。

「…ローさん」

名前を呼べば周りに靄が掛かり、開けたと思ったら、ひらひらとふらふらと真っ黒な尻尾が視界の端に映る。
私の腹にはその尻尾の持ち主の腕が回って、肌寒くなったこの季節でも少し暑いくらい引っ付いている。

「ローさん、おめでとうございます」
「あ?」
「誕生日なんでしょう?」
「……そういう概念はねェが」

生まれた、という考えではなく、ただそこに居た、という感覚に近いと聞いた。
それでも感覚として何年生きている、とそういうものはあるらしい。

彼程の、…九尾まで生きるのには、それはそれは長い年月が必要だろう。

身体を反転させ、彼に向き合って、すっと彼の髪に触れる。
尻尾と同じ色の彼の耳が小さく後ろに流れて、目がそっと細められた。


「逃げねェのか」


言葉に出すのは少し気恥ずかしくて、彼の肩に顔を埋めて、肯定した。

「お約束しましたから」

彼が次に迎えに来る時は、ついていくと。

「そうか」

きっと、私は人間というものではなくなる。
どういう存在になるのかわからないけど、彼のために生きて、添い遂げなければならない。
彼がこの姿になる以上長い間、一緒に居るかもしれない。
途方もなく長い時間を、共にするかもしれない。

「ヘレン」

黒が揺れる。
私を包むように広がって、全てを覆い隠して。

私は、嫁ぐのだ。
この、狐の元に。


狐に嫁入り


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