「いざよい、こっちでござる!」
「まってくださいませ、べんまるにいさま!」
屋敷の広い廊下を幼い二人が駆け回る。先を行く弁丸は、追いかける十六夜にはやく、はやく、と声をかけ急かしている。十六夜のほうは、その声に従って懸命に走っている。その時、
「きゃ!」
十六夜は自分の着物の裾を踏んでしまい、転んでしまった。姫である故に、十六夜に着せられるのは見た目の美しさが重視された着物。当たり前のように動きやすく作られたものではない。
十六夜が転んだことを知った弁丸は慌てて側に駆け寄る。
「いざよい!だいじょうぶでござるか!」
弁丸の問いに、十六夜はコクンと頷く。
「はい、いたくないです!」
ニコリとする十六夜に、心配そうな顔をしていた弁丸の顔が明るくなる。
「おお、いざよいはつよいのだな!えらいぞ!」
お館様が弁丸や十六夜にするように弁丸は十六夜の頭をわしわしと撫でた。十六夜はとても嬉しそうに笑う。
「だが、いざよい。その着物でははしりにくいだろう?…今日はあそびにいけぬのか?」
十六夜の着物を指差して、弁丸は心配そうな顔をした。十六夜は慌てて答える。
「そんなのいやです!いざよいはべんまるにいさまとあそびとうございます!」
「だが、走ったらまたいざよいがころんでしまう、」
「べんまるにいさま、では、あるいてまいりましょう?」
「おお!そのてがあった!」
弁丸の顔はぱあっと明るくなり、それにつられて十六夜もにっこりと笑う。
「いざよい、またころぶとあぶないゆえ、手をつなぐでござる!」
差し出された手を十六夜はじっと見つめる。だがすぐに「はい!」と返事をして、弁丸の手を取った。
「べんまるにいさま、いざよいはにいさまとあそぶのがだいすきでございます!」
「おれもいざよいとあそぶのが楽しいでござる!」
「ずっとこうやって手をつないでいたいです」
「おれもだ!」
二人は笑いあいながら廊下を歩きだした。
(ではにいさま、やくそくしてください)
(おおもちろんだ!)
(それは、初めて貴方とゆびきりをした約束でした)