父上に言われた通り、庭の方へ行ってみると本当に幸村は鍛練をしていた。

そこに見えざる敵がいるかのように槍を振るう姿は正に、紅蓮の鬼や虎の若子と呼ばれるにふさわしい姿だった。

その姿は嫌いじゃない。でも、時々それを見るのが苦しくなる。

いつになく真剣に槍を振るう幸村は、私が知ってる幸村じゃないみたいだった。私はその場に立ち止まってしまう。


「…姫様!?」

「え?あ…幸村。」

鍛練が一息付いたらしい幸村が驚いたように私を呼んだ。その声に私は現実に引き戻される。

「姫様、何故ここに…?」

「幸村が来なかったから…」

私がそう言うと幸村は何かを思い出したようにハッとして、慌てて頭を下げた。

「もっ申し訳ありませぬ!帰還して姫様にお会いすることを忘れて鍛練など…!ほ、本当に申し訳ありませぬ!!」

「いいの、幸村。ほら、顔を上げて。」

「し、しかし…!」

「いいってば!…幸村が無事に帰って来てくれただけで嬉しいから。」

ね?って幸村に笑って上げると、幸村はやっと頭を上げてくれた。

「…本当に申し訳ありませぬ、姫様。…真田源次郎幸村、ただいま帰還いたしました。」

「…お帰りなさい、幸村。」

お互いに顔を見合わせる。…なんだか恥ずかしくておかしくて、私は笑ってしまった(こんな所椛や女中に見つかったらはしたないって言われそうだけど。)。

「ひ、姫!何故笑うのです!」

「…ごめんね、なんかおかしくて…!」

この時間がすごく幸せなの。…昔に戻ったみたいで。どんな時間より、こうやって笑いあう一時が、一番安心出来るの。


「…ところで幸村。何かあったの?」

「へ、」

私が突然そんな事を聞いたから、幸村は間抜けな顔をした。

「…私に会いに来るのを忘れるくらいだもの。何かあったとしか考えられないもの。」

「…姫様は人の変化に敏感でございますな。」

「まぁ、ね。」

きっと幸村をみたら誰だって何かあったと思う、幸村はわかりやすいから。(そんな事は言わないけれど。)

「実は某…川中島でとある者に出会ったのでござる。」

「とある者…?」

「その者と武器を交えた時、…この胸が熱くたぎったのです。それ以来ずっと思うのです、またあの者と戦いたい、と。」

「…その人は、上杉の方?」

「いえ。奥州筆頭、伊達政宗でござる。」

「奥州?」

「甲斐よりも北にある国でござる。」


幸村も、父上みたいに己の好敵手をみつけたみたいだった。話をする幸村は、とても嬉しそうで、生き生きとした目をしていた。

また、私の知らない幸村が増えていくみたいだった。

「…よかったじゃない。父上のように自分の好敵手を見つけられて!」

「お館様と同じ…!」
父上と同じ、と言う言葉を聞いて一層幸村の目が輝いた。


私はそんな幸村を見て笑った。その笑顔は、多分ぎこちない笑顔だったと思う。

「真田殿!」

幸村を呼ぶ声に二人で振り向くと、椛が立っていた。

「いかがなされた、椛殿?」

「お館様がお呼びです。」

「おお、わかり申した!…では姫様、失礼いたします。」

幸村は深々と頭を下げ、去っていった。


私、今きっと嫌な顔してる。幸村の前で被ってた仮面が剥れたような。泣きたいような気分になった。


涙が出てもこぼれないように、私は空を見上げた。空は相変わらず澄んでいた。

(また、少しずつ離れてく。)

(まさか男に嫉妬するなんて。)


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