姫様の心にいるのは旦那であって旦那じゃない人。
そう、姫様が幼い頃から慕っていたのは、真田幸村という姫を守る武将ではない。いつも側にいて遊んでくれた“弁丸兄様”。
今の旦那を嫌ってるわけじゃないけど、姫様の中の弁丸兄様の存在はとても大きいみたいだ。
俺はふと、あの日のことを思い出した。
あの日っていうのは旦那が元服した日。
弁丸から幸村になった日。
その日姫様は元服の儀が終わると俺に泣き付いてきた。
「わ…ちょっと姫さまどうしたの?」
姫様は何も言わずただわんわんと泣き続けるだけだった。
「泣いてちゃわかんないよ、姫さま…!とりあえず一回落ち着いて…な?」
姫様の頭をそっと撫でると姫様は目をゴシゴシとこすって、泣くのを我慢しようとした。
「に…さまが…」
「え?」
「弁丸兄様がかわっちゃった…ふぇぇ…!」
弁丸兄様が変わってしまった、それだけ言うと姫様はまた幼子のように泣き出した。
その人自体は変わってなんかいないけど、
確かに弁丸様は真田幸村という名に変わった。
そして姫様に対する態度も…それは武器を取り、戦へと行かねばならない歳を迎えた者にとっては当たり前のこと。
だが姫は、昔から人の変化を極端に嫌っていた。自分だけ置いていかれているみたいだから。
確かに、姫様は女だから歳を重ねても名は変わらない。戦に赴くこともそうないだろう。
あの時、俺はなんて声を掛けてやればいいかわからずに、ただ姫様が泣きやむまで側にいることしか出来なかった。
それから少し経って、姫様は旦那を「幸村」と呼ぶようになった。お館様や旦那に隠れて、椛に剣術指南をしてもらうようになった。
姫様は頑張って旦那に追いつこうとしていた。必死に慣れようとして。戦に出るために剣術なんか習って。
そんな姫様を見ているとどういうわけだかわからないけど、背中を押してあげたい気持ちになる。俺様にとっても…姫様は妹みたいな存在だからかな。
「…お人好しだねぇ俺様も」
近江へ向かう途中にふと考え、俺様は苦笑いした。