「十六夜様、朝にございますよ。起きてくださいまし。」
女中の声を聞いて、私はゆっくり目を開いた。そこに映るのは、見慣れた天井。
「夢…か」
久々に小さい頃の夢を見た気がした。今の私にはあまり嬉しくはない夢。
「十六夜様、直に朝餉の時間でございます。その前に着替えてくださいませ。」
着物を持って部屋を訪れた椛に従って、床から起き上がり、夜着から普段の着物に着替える。
「十六夜様、先程お館様から文が届きましたよ。」
「父上から?」
「はい、小田原城を落としたそうでございます。」
「小田原…?」
父上達は今川を攻めるとおっしゃっていたはず。それがどうして小田原城を…?
「どういうことなの?」
「詳しいことはよくわかりませぬが…。文には詳しいことは戻り次第、話すと書かれておりましたわ。」
「そう、ありがとう。」
「あとで文をお持ちしますね。」
そう言うと椛は一礼して部屋を出ていった。
「…」
それを見届けた私は障子を開けて廊下へ出た。私の目に映るのは見慣れた廊下、そして夢でみた廊下。
「弁丸兄様…」
無意識に口から零れた言葉にハッとして首を振る。
違う、もうそんな人いないの。あの日はもうかえってはこないんだから。
「どうしちゃったの私…」
川中島から父上達が戻られて幸村に好敵手が出来たのだと知ってから、自分がよく分からなくなった。
私のまわりは変わっていくのに、私は変わらない。みんな私を置いて何処かへ行ってしまう。そんな不安に襲われた。
「…ひーめさま、なに険しい顔してんの?」
「っ!さ、佐助っ!?」
ひとりだと思っていた廊下には、どういう訳だか佐助がいた。いきなり現れた佐助に私は驚いて情けない声を出した。
「なんでいるの…?」
「その言い方…俺様すごい傷付くんだけど」
「…ごめんなさい」
「ははは、いいよいいよ」
にっこりと笑った佐助は私の頭を撫でた。
「…で、十六夜ちゃんはどうしてそんな顔してたの?…まぁ大体見当は付いてるけどね。」
そう言った佐助を見て、私は笑ってみせた。
「…佐助はなんでもわかるのね。」
「まぁ俺様忍だしね。…で、旦那がどうかした?」
話聞くから、って佐助は縁側に腰掛けた。私も佐助の隣に腰掛ける。
「…あのね、幸村最近生き生きしてるでしょう?」
「っく…!」
まだ話始めたばかりなのに、佐助は声をあげて笑い始めた。
「ちょっと佐助!まだ何も言ってないじゃない!」
「はははっ…!いやもう十分わかったから…!どうせ旦那に好敵手が出来たのが嫌だったんだろ?」
佐助の言葉に顔が熱くなるのを感じで慌てて下を向いた。
「やっぱりね。十六夜ちゃんはほんっと旦那の事好きだねぇ」
「違うわよ!」
ニヤニヤと笑う佐助を睨み付けると、佐助はごめんごめんと言って私の頭を撫でた。
「わかってるって、少しからかっただけだよ」
「佐助の馬鹿…」
「馬鹿はないでしょーよ」
相変わらずヘラヘラと笑う佐助に苛立って私はそっぽを向いた。
…可愛くないなぁ私。
「…わかってるの、ちゃんと。」
「…十六夜ちゃん、大丈夫だよ。」
そう言って佐助は笑った。今度は優しげな笑顔だった。
「旦那は旦那だよ。何年経っても変わらない。好敵手だって大将と同じことだよ。大将が軍神と戦う事ばっかり考えてても、ちゃんと姫のこと構ってくれるだろ?」
「うん」
「姫さえ変わらなければ、何も変わりはしないよ。」
「…ありがとう」
佐助に精一杯に笑ってみせる、でも佐助は全部お見通しみたいに言葉を付け加えた。
「…まぁ、色々時間が解決してくれると思うよ。」
私はそれに黙って頷いた。
「…っと、少しのんびりし過ぎたな。じゃあ十六夜ちゃん、俺様任務あるから行くよ。もうじき大将達もお帰りになるから、…いつもみたいに迎えてあげてよ?」
「うん、佐助。いってらっしゃい。」
佐助は笑って行ってきますと言うと、一瞬で姿を消した。
佐助は大丈夫だと言ってくれたけど、私の中の不安はなかなか消えてくれなかった