「急がなくちゃ…!」
息が切れそうになりながらも、私は全速力で走っていた。先ほど得た確かな情報を一刻も早く彼女に伝えるために。
今朝も、私はいつものようにハチノスへ出勤した。廊下を歩いていた時に聞こえてきた、他のテガミバチ達の会話。
「なあ、ピエタの村が焼き討ちされて、村そのものが消されたって話知ってるか?」
「マジかよ?」
何の気なしに聞こえてきた内容に、思わず足が止まる。ピエタの村って、確かリリィの故郷じゃなかった?
「マジだって!俺、その時ちょうど近くを通りかかってさ、巻き添え食らった他の村人の話を聞いたんだって。その人の話じゃ、村人は全員殺されてたらしいぜ」
「うわー…。で、村そのものが消されたってのは、どこで知ったんだよ?」
「上に聞いたんだ。ピエタの村が襲われたらしいけど本当か?って聞いたら、あそこは消されたってさ。恐ろしい事もあるもんだな」
テガミバチ達の会話から分かった恐るべき事実に、私は言葉を失った。そして、まだ何も知らないであろうリリィを思う。彼女に伝えなくちゃ。私は急いで駆け出した。
「リリィ!!」
館内を走り回って、やっと見つけたリリィを大声で呼び止める。
「…っ、リリィ!落ち…っ、落ち着いて聞いて!ピエタの、ピエタの村が!!」
はあはあと息が切れるけど、私はさっき聞いた事実をリリィに伝えていく。
「ピエタの村が、焼き討ちされた!村の人、全員死亡で村自体が抹消されてる!!」
途端に、血の気を失って真っ青になっていくリリィの顔。なんて声をかけたらいいか分からなかった。
「…そう。私、これから3日間休みなの。もう、帰るね」
真っ青な顔のまま気丈にもリリィは微笑むと、そのまま出口へ向かってゆっくりと歩き出す。
「…リーシャ」
「リリィ?」
「ありがとう」
私はその背中をただ見送る事しかできなかった。
リリィがいなくなってから、私は今日配達するテガミを受け取る。
「心配だけど、配達に行かないと…」
「何が心配なんですか?」
ぽつりと呟けば、後ろから声がかけられた。聞き慣れた声に、私は勢いよく振り向く。
「ゴーシュ!」
「リーシャ、顔色があまりよくないですよ。どうかしましたか?」
ゴーシュは心配そうな顔でそう言った後、すっと手を伸ばして私の頬に触れた。
「うん…、ちょっとね…」
先ほどのリリィの様子を思い出しながら、とりあえずの返事をする。
「ここじゃ何ですから、場所を移しましょうか」
私はゴーシュに連れられて、その場を後にした。
人通りの少なくて静かな廊下まで、私とゴーシュは無言で歩いてきた。
「で、何があったのですか?」
「実は…」
立ち止まって振り返ったゴーシュの問いかけに、私は同じく立ち止まり、先ほどの出来事を話していく。
リリィの故郷であるピエタの村が襲われ、村人が全員死んでしまった事。そして、村そのものが消されてしまった事。それらをリリィに伝えた時の彼女の様子。全部、私はゴーシュに話した。
「私、何も言えなかった…。真っ青な顔で微笑むリリィに、何もできなかった…。それなのに、リリィってば最後になんて言ったと思う?ありがとうって言ったんだよ。ひどい情報持ってきた私にまで、そんな事言うなんて…。リリィは優しすぎるよ…」
彼女の心情を思うと、とてもじゃないけどやりきれなかった。辛い事があっても気丈に振る舞う彼女。いつか、ぽきりと折れてしまいそうで不安になる。
「リーシャはその情報を早くリリィに伝えようと、館内を走り回ったんでしょう?」
ゴーシュに頭を撫でられながら訊かれた事に、私は素直に頷いた。
「彼女のありがとうは、そのお礼だと思いますよ。素直に受け取っておいては?」
「うん…」
あまり納得できないまま、返事をする。私にとって当たり前な事をしただけだから、お礼を言われるような事だとは思えなかった。
「しかし、ピエタの村がそんな風になってしまったとは驚きましたね。かつては緑豊かな村だったんですが…」
「行った事あるの?」
ピエタの村を見た事あるようなゴーシュの口振りに疑問を覚えて、私は彼に訊いてみる。
「ええ、数年前に一度。リリィの母親宛にテガミを配達した事がありまして。その時に、ピエタの村へ行って彼女と会っているんですよ」
「え、会ってるの?」
意外な事実の発覚に、私は不謹慎だけど彼女を羨ましく思う。テガミバチになる前に、ゴーシュと会ってるなんていいなー…。
「当時のリリィは、村人が鎧虫に襲われたと聞いて無謀にも突っ込んでくわ、僕から心弾銃と精霊琥珀を奪い取って勝手に使うわ…。だから、テガミバチとなった彼女に再会した時は、心底驚きましたね」
ところが、懐かしそうにゴーシュが話す内容を聞いていたら、羨ましい気持ちもどこかへ吹っ飛んだ。
「………昔からあんなんだったんだね、リリィは」
変わりに、唖然としてしまう。今でも時々無謀な行動に出る彼女は、昔からの事だったらしい。ゴーシュの心弾銃と精霊琥珀を勝手に使うとは恐るべし、リリィ。
「結局、私はどうすればいいのかな?親友なのに、何も言えなくて、何もできなかった。こんな私が、今度からどう付き合っていけばいいの?」
大切な親友である彼女に何もできなかったという事実は、思った以上に私を落ち込ませる。大好きで大切だからこそ、力になりたいし、支えになりたい。それなのに、現実はうまくいかなくて…。
「しばらく、そっとしておいてあげるのも大事ですよ」
「でも…」
何もしない方がいいと言われ、私は納得できなかった。こういう時こそ、励ましたいのに…。
「ショックな出来事だったでしょうし、彼女にもこころの整理をする時間は必要です。次に会った時には、いつものリーシャでいて下さい。それが一番、彼女への励ましになると思いますよ」
「そっか…」
私よりも他人をよく見ているゴーシュの言葉は、とても説得力があった。
「だから、元気出して下さいね?」
にっこりと笑うゴーシュに励まされ、私はだんだんと気分が上向きになってくる。
「うん、いつまでも落ち込んでいられないよね。よし、リリィに次会った時には、甘いもの食べに誘おうかな?」
「その意気ですよ、リーシャ」
「じゃあ私、配達行ってくるね!」
すっかり元気になった私が配達へ向かおうとすれば、ゴーシュに待って下さいと引き止められた。ん?と振り返る。
「せっかくですから、途中まで一緒に行きませんか?」
彼からの嬉しいお誘いに、私は笑顔で大きく頷いた。
*****☆*****☆*****
ゴーシュが退室してから、受領日誌を取りに受付に向かってみれば‥。
故郷の消滅。
リリィくんがあんなにも儚げに泣いていたのは、これが原因だったのか‥?
‥ピエタの焼き討ち、抹消。
果たして、それだけなのだろうか。
何か臭うな‥。
from ラルゴ・ロイド
Thu.20.Jan.2011