「ゴーシュ、まだかな?」
今日の配達が終わった私は、一緒に帰る約束をしたゴーシュをハチノスのロビーで待っていた。
「早く帰ってくるといいな」
玄関から人が入ってくる度に期待するけど、なかなか待ち人は帰ってこない。あ、また誰か入ってきた…って、あれはゴーシュだ!
「おかえりなさい、ゴーシュ!お疲れさま!」
「ただいま、リーシャ。お疲れさまです」
私が駆け寄って声をかけると、ゴーシュはにっこりと笑ってくれた。
「あとは館長に報告するだけなんでしょ?待ってるから、早めにね」
「すみません。実はまだ一件配達が残っていまして。もうしばらく待っててもらえますか?」
困ったように笑いながら謝るゴーシュの様子に、あれ?と不思議に思う。
「珍しいね。ゴーシュが配達終わってないのに、ハチノスに戻って来るなんて。ねえ、私も一緒にその配達へ行ってもいい?」
「いいですけど、今回の宛先はサンダーランド博士ですよ?」
「サンダーランド博士って、誰だっけ…?」
ゴーシュに言われて、私は首を傾げた。どっかで聞いた名前なんだけど、うーん…。
「検診の時に診てもらっているお医者さんですよ。分かりやすく言えば、死骸博士でしょうか」
「え?死骸博士!?」
ゴーシュの説明を聞いて、やっと分かった。サンダーランド博士が誰なのか。まさか、医務室のお医者さんがあの死骸博士だなんて、思いもしなかったよ…。
「で、どうします?」
「………」
それでも一緒にくるのか問われ、しばらく考え込む。
噂だと、動物の死骸を喜々として解剖しているらしいから、いざ行くとなると正直言って怖い。私には死骸も解剖も無理だもん。でも、そんな所へゴーシュは配達に行くんだよね。私がいても、いなくても。だったら…。
「行く。一人で待ってるより、ゴーシュと一緒の方がいい」
「では、行きましょうか」
私の答えを聞いたゴーシュは、くすりと笑ってから歩き出した。
「ここが、博士の研究室ですね」
サンダーランド博士の研究室の前に到着して、私は固く閉ざされた大きな扉を見上げる。
「この中が、死骸博士のヘルズ・キッチン…」
自分で口に出した言葉をうっかり想像してしまい、怖くなってぶるりと震えた。
「サンダーランド博士、テガミをお届けに参りました!」
そんな私をよそに、ゴーシュが扉をノックして声を張り上げる。でも、中からの返事はなくて、しーん…と静かなままだ。
「返事がないね。いないのかな?」
「もしかしたら、研究に夢中なのかもしれませんね」
そう言いながら、何故か扉の取っ手に手をかけるゴーシュ。
「ゴーシュ?」
「開いてました。中へ入りましょう」
疑問に思った私が見つめる中、扉を開けたゴーシュはこちらを振り返って、にっこりと笑った。
「え?入っても大丈夫なの?」
「リーシャはここで待っていてもいいんですよ?」
私の心配もお構いなしで、中へ入る気満々なゴーシュの様子を見て、私も覚悟を決める。
「私も一緒に行くもん」
そして、私はゴーシュのすぐ後に続いて、サンダーランド博士の研究室へと足を踏み入れた。
「勝手に入ったけど、大丈夫かな?」
「鍵が開いていたんですから、問題はないかと」
よそ見する事なく、まっすぐに研究室の中を奥へ奥へと歩いていくゴーシュと、その後ろをきょろきょろしながらもくっついていく私。
死骸博士のヘルズ・キッチンという仰々しい名前の割には、整理整頓されていて意外にきれいだなと思う。
「新しい仲間だ。仲良くしてやってくれ…ん?」
ゴーシュが帽子を取って立ち止まったので、私も彼の隣に立ってから帽子を取る。
「ゴーシュ・スエード!?それに、リーシャ・フィゼル!?」
博士の驚きの声をよそに、ゴーシュは目を瞑って黙祷し始めた。私もそっと目を瞑って黙祷する。
「あれ?鍵は!?鍵!」
「開いていたので。テガミです、博士」
ゴーシュが鞄からテガミを取り出して、慌てた様子の博士へと差し出した。
「参ったな、ここは感染を避けるために入室禁止にしているのに」
「ごめんなさい」
苦笑しながらテガミを受け取った博士へと頭を下げる。勝手に入室したのは事実だから。
「手作りの墓碑ですか。意外とセンチメンタルなのですね」
「そんなんじゃないさ」
博士はゴーシュの言葉をやんわりと否定してから、窓の外へと目を向けた。
「笑えるだろ?あの上等な服を着た連中なんかより、薄汚い死骸達の方が世界の役に立っているんだ」
「あなたのおかげでね、死骸博士」
にっこりと笑ったゴーシュの褒め言葉に、博士は照れたように頬を掻く。
「スエード…。よせよ。誉められるのは、慣れてないんだ」
ゴーシュと博士の間に流れる暖かい雰囲気に疎外感を覚えた私は、ゴーシュの腕をくいくいっと引っ張った。
「リーシャ?」
「用が終わったなら帰ろうよ」
不思議そうな顔したゴーシュをじーっと見つめる。一緒に帰る約束、忘れちゃったの…?
「そうですね。そろそろ帰りましょうか。では、僕達はこれにて失礼します」
そんな私の行動に苦笑したゴーシュは、博士に挨拶してから帽子を被った。
「失礼します」
私も続いて博士にぺこりと頭を下げ、帽子を被る。そして、先に歩き出したゴーシュを追いかけていく。
「スエード!」
そんな時、ゴーシュが後ろから博士に呼ばれた。立ち止まって振り向けば、何故か再び照れたように頬を掻いてる博士の姿。
「…時間があったら、また来るといい」
「もちろんです、博士」
博士の言葉を聞いて、ゴーシュは嬉しそうに笑う。その一方でまた一人除け者にされた私が、ふてくされたのは言うまでもなかった。
死骸博士の素顔
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少しだけのアニメ沿いな話でした。ヒロインは眼中にない博士と、博士と仲良くなれて嬉しいゴーシュと、一人仲間外れなヒロインです。
いつか、この場面を心弾で見るという話も書きたいですね。
2011.06.05 up