「あー、だるい…」

熱を持ってふらふらとする体を無理矢理起こし、戸棚から体温計を探し出す。

「まさか、本当に風邪引くとはね。これも全部、ゴーシュのせいだ」

体温計を片手に持ちながらベッドへどさりと倒れ込んで、こうなった原因を思い出す。

昨夜、バスタオル一枚でくつろいでいたら、何故かゴーシュに襲われて、翌朝になったら風邪を引いていた。しかも、肝心の本人は明日は仕事ですからと言ってさっさと帰っちゃうし。私は運良く今日休みだったけど、風邪で貴重なお休みが潰れるなんて…。

「とりあえず、熱計らなくちゃ」

はあ…とため息を吐いて、体温計を口にくわえる。待つ事、しばし。体温計を口から取り出して、体温を見ると38度を軽く超えていた。どうりで体がつらいはずだ。

「レイラ、私なら大丈夫だよ。今から朝ご飯用意するね」

ふと、私を心配そうに見ているレイラの姿が目に入って、彼女に笑いかける。それからキッチンに向かって、彼女の朝ご飯を用意した。

「もうだめ…。寝よう」

さすがに、体がつらくなってきた。再びベッドにどさりと倒れ込んで、布団に潜り込み目を瞑る。ゴーシュの馬鹿…と、ここにはいない彼を想いながら。



気が付いたら、額に何かひんやりとしたものが乗せられている感覚。手をやって確認してみる。

「タオル…?」

それは、冷たく絞られたタオルだった。いつの間に乗せられたか覚えのないタオルを手に持ち、首を傾げる。何で、タオルが…?

不意にガチャリと扉の開く音がして、入ってきたのは私の恋人ゴーシュだった。

「ゴーシュ?」

「体は大丈夫ですか?」

「何で…?」

何で彼がここにいるのか分からなくて、疑問をぶつけた。だって、今日はお仕事のはずだもの。

「仕事はもう終わりましたから」

今、18刻ですよと言われて、私は慌てて飛び起きる。

「もうそんな時間なの!?レイラのご飯が…」

「待って下さい。大丈夫ですよ」

大急ぎでベッドから降りようとしたら、ゴーシュに肩を掴まれた。

「え?」

「僕が来た時に、彼女の要望で真っ先に食事を用意しましたから」

その言葉を聞いて、力が抜けていく。よかったー…。レイラはちゃんとご飯食べたのね。

「で、リーシャは食事してませんよね?」

「何で分かるの?」

「レイラがお腹を空かしてましたから。自分が食べる時には、必ず彼女の食事も用意するでしょう?」

確かにその通りだ。今日は食欲ないから違うけど、いつもは私と一緒に食べているし。さすがだね、ゴーシュは。

「という事で、お粥を作ってきました。食べた方がいいですよ」

どうぞとスプーンですくった後、ふーふーと冷まされたお粥が、私の前に差し出される。

「はい、あーんして下さい」

「え?」

思わず固まった。えーと、つまりこれは、私がぱくっと食べろという事だよね?

「リーシャ、早く食べないと」

戸惑っていると、ゴーシュの急かす声がして、私は慌ててお粥を食べる。もぐもぐして、ごくんと飲み込む。

「はい、どうぞ」

再び差し出されるお粥を食べていく。そんな風にして、お粥を全部食べさせてもらった後、にっこりと笑ったゴーシュが薬を私の目の前に出した。

「次は薬を飲みましょうか」

「薬はいやあああっ!」

「でも、飲まないと早く治りませんよ?」

嫌がる私を見て、ゴーシュはくすりと笑った。自分が飲まないから人事だと思って…!

「苦いからやだ。薬飲まずに治すもん」

ぷいっとそっぽを向く私。でも、ちらりと横目で彼の様子は窺っておく。

「…仕方ないですね」

大きくため息を吐いたゴーシュは何を思ったのか、自分の口に風邪薬を入れてから、お水もさらに口の中に含ませる。そして、そのまま私に口付けた。

「んー!」

やっと彼の意図が分かった。薬を嫌がる私に対して、口移しで飲ます気だと。抗議の声をあげたら、逆に頭をしっかり押さえつけられてしまった。離れようとしても離れられない。

やがて、薬が私の口の中に入ってくる。飲まずに後で出そうと考えたのが読まれてるのか、口はずっと塞がれたままで。ついには耐えきれなくなって、薬を飲み込んでしまった。それを確認してから、ゴーシュの口が離れていく。

「薬飲みたくないって言ったのに!」

やっと口が解放された私は、開口一番でゴーシュに文句を言った。

「リーシャが風邪引くからですよ」

「元はと言えば、昨夜ゴーシュが私を襲うからじゃない。あんなに激しくして。しかも、終わったら終わったでさっさと帰っちゃうし」

さらに、文句を続ける私。最後の方に、ちょっとだけ不満を織り込んでみた。

「昨夜はあんなに喜んでたじゃないですか。それに、僕はちゃんとリーシャが目を覚ますまで傍にいましたよ?」

「あう…」

昨夜の事がリアルに思い出されて、顔が熱を持って赤くなる。そりゃ、確かに気持ちよかったし、目覚ました時に傍にいてくれたけど…って、違う!

「そもそも、僕の忠告を聞かなかったのはリーシャでしょう?僕は最初に風邪引くと言ったはずですが」

「………」

まさしくゴーシュに言われた通りで、私はそれ以上反論できずに黙り込むしかなかった。でも、悔しい気持ちはそう簡単に捨てられないから、恨みがましく睨んでみる。

「そんな顔しても逆効果ですよ。もっといじめたくなりますから」

「いじわる!」

でも、にこにこと満面の笑みを浮かべるゴーシュには少しも効果がなくて、私は精一杯の反撃の言葉を投げつけた。

「僕がいじわるなのは今更です。好きな子ほどいじめたくなりますし」

「もう、ゴーシュなんか知らない!」

私の反撃を物ともせずに、ゴーシュはしれっとしたまま言い切る。その余裕すぎる態度が癪で、私は再びそっぽを向いた。

「はいはい。僕はリーシャが好きですよ」

「…私だって好きだもん」

だけど、そんな私もゴーシュにはお見通しだったようで、耳元で囁くように告げられた言葉は、私の機嫌をすぐに直してしまう。

「だから、今日は早く寝て、しっかりと風邪を治して下さいね?」

「はーい」

ゴーシュの言葉に従って、私はごろりと横になった。

「おやすみ、リーシャ」

ちゅっと重ねるだけのキスをされ、ゆっくりと頭を撫でられている内に、不思議と重たくなる瞼。

「おやすみなさい、ゴーシュ…」

そう口にしたつもりの言葉は、ゴーシュに届いたかどうかも分からなくて。でも、きっと彼には届いたと思う。だって、眠りに落ちる寸前の私の唇に触れた彼の指先は、確かに優しかったもの。




風邪を引いたら

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拍手お礼の後悔先に立たずの翌日談です。

風邪を引いたら看病してもらうのは、お約束ですよね。まあ、今回の場合はヒロインの自業自得なわけですが。

2010.10.27 up
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