今日のお仕事が終わって帰り道を歩いていたら、前方を歩く好きな人の姿を発見した。早速駆け寄って、声をかける。
「ゴーシュ、今日もお疲れさま!」
「お疲れさまです、リーシャ」
そしたら、ゴーシュはいつものようにふわっと笑ってくれた。でも、どこか疲れた様子でちょっと心配になる…。
「なんか、疲れてない?」
「いえ、大丈夫です。それよりも家まで送りますよ」
私の問いかけにさらりと答えたゴーシュは、思わぬ申し出をしてくれた。それを聞いて、焦ったのは私。まさか、そんな事を言われるとは思わなかった。
「え、そんなの悪いよ。ゴーシュは早く帰った方が…」
「リーシャ、この前のお茶が美味しかったので、またご馳走になってもいいですか?」
疲れているゴーシュを気遣って断ろうとする私の言葉は遮られ、代わりにこの前のお茶が飲みたいとゴーシュに言われる。
「あ、うん。それなら、ぜひどうぞ」
それが彼なりの気遣いだと分かったけど、私は甘える事にした。何だかんだ言っても、好きな人とは少しでも長く一緒に過ごしたいから。
二人並んで歩く帰り道。ただ、好きな人の隣を歩ける事が嬉しくて、自然と足取りも軽くなる。
「ゴーシュって、優しいよね」
「そうですか?」
私の発言を聞いて、ゴーシュは不思議そうに首を傾げた。自覚、ないのかな?
「うん、そうだよ。ゴーシュはとっても優しいよ。私が保証する。って、私なんかが保証してもしょうがないよね」
あははと誤魔化すように笑う私。我ながら、何えらそうな事を言ってるんだろう?と思った。
「…そんな事、ないですよ。嬉しいです」
「え?」
小さい声だったから、あまりよく聞き取れなかった。でも、ゴーシュの顔が少し赤くなっているのは、私の気のせいじゃないと思いたい。
「リーシャ?」
声をかけられて、はっとする。気が付いたら、すぐ近くにゴーシュの顔があった。
「な、何でもないよ!だから、早く行こう?」
私は慌てて答えてから、先に歩き出す。顔に熱が集まっているのを自覚しながら。
「ちょっと待っててね。今、用意するから」
我が家に着いた私は、キッチンに立ってお茶の用意をしていく。もちろん、レイラとロダのホットミルクも。
「わざわざすみません」
「気にしないで。私の入れたお茶が飲みたいって言ってもらえて、嬉しいんだから」
「ありがとうございます」
ゴーシュとお話しながら、お茶を入れる。あ、ホットミルクもできたみたいだね。
「はい、お待たせ。レイラとロダはこれをどうぞ」
ゴーシュの前にカップを置いてから、レイラとロダにもホットミルクをあげた。
「やっぱり、リーシャの入れたお茶は美味しいですね」
一口飲んだゴーシュの嬉しそうな顔を見て、私は幸せを実感する。
「ありがとう!」
満面の笑顔でお礼を伝えると、ゴーシュもにっこり笑ってくれた。
その場を流れる暖かい雰囲気に、何故か遠く離れた村にいる両親を思い出す。お父さんもお母さんも、私がありがとうと言ったら、嬉しそうに笑ってくれたっけ。懐かしいな…。
「そう言えば、ゴーシュが初めてなんだよ。家族以外で、この家に来てくれたのは」
「え?」
「だから、またお茶しに来てくれると嬉しいな」
「リーシャ…」
名前を呼ばれて、はっとした。今、私は何を口走った?驚いてる様子のゴーシュを見て、しまったと後悔する。
「あ、ごめんね。何でもないの。今のは気にしないで」
「また…お茶をご馳走してもらいに、お邪魔してもいいですか?」
俯いた私の耳に、聞こえてきた優しい声。思わず顔を上げると、優しく微笑むゴーシュがいて…。
「いいの?」
「ええ、もちろん。こうして、リーシャと過ごすのも楽しいですからね」
恐る恐る私が確認したら、ゴーシュはしっかりと頷いてくれた。私といると楽しいという言葉に、胸がじんわりと暖かくなる。
「いろんな意味で」
「え?それって、どういう事?」
しかし、続けられた言葉の意味が分からなかった。いろんな意味でって、どういう事だろう?
「まあ、それは秘密という事で」
「もう!」
唇に人差し指を当ててにこにこと笑うゴーシュに、私はむぅーと頬を膨らませるのだった。
「さてと」
不意に時計を見たゴーシュが、カップをテーブルに置いて立ち上がる。
「僕はそろそろ帰りますね。お茶、ご馳走様でした」
「私の方こそ、わざわざ送ってくれてありがとう」
帽子を被って帰ろうとするゴーシュを見送るため、私もイスから立ち上がった。
「では、また明日」
「うん、また明日にね」
玄関の扉の内側で交わすやりとり。好きな人が帰っちゃうのは淋しいけど、また明日というゴーシュの言葉を聞いて元気になる。
「ゴーシュ、今日は本当にありがとう!」
「どういたしまして」
扉を開けたゴーシュへ向かって伝えたお礼の言葉に、彼は顔だけ振り向いて微笑んでくれた。そして、ばたんと閉まる扉。
「ねえ、聞いた?ゴーシュがまた家に来てくれるって!これって、少し前進したって事だよね?やったー!」
嬉しい気持ちのまま足下にいたレイラに話しかけたら、彼女はよかったねと言わんばかりに擦り寄ってくる。
「ありがとう、レイラ。私、明日からもがんばるね!」
私はそんなレイラの頭を撫でながら、明日からもがんばる事を宣言するのだった。
優しい人
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ゴーシュは、自分が優しいという自覚がないんだろうなと思って、書いた話です。
ヒロインに優しいと言われて、嬉しかったゴーシュ。また少し二人の距離が縮まりました。
2010.10.18 up