「見ろ、あいつらだ。ユウサリから来た役人共」
「船が港に入ってなくてよかったな」
「しっ!」
キャンベルの港町をゴーシュと一緒に歩いていると、ひそひそと囁き声が聞こえてくる。私がこの町に来た時は、ゴーシュの事で手一杯だったから、全然気づかなかったよ。
「すいませんが、水とその果物…」
「今日はなーんもねえな」
お店屋さんで水と食料を買おうと声をかけたゴーシュに向かって、お店のおじさんは皆まで言わせず断った。
「でも、それは売り物じゃ…?」
目の前に陳列された果物を指さしたゴーシュに、私もうんうんと頷いて同意する。
「あんたらに売るものは、この町にはないんだよ!」
ところが、お店のおじさんは理不尽な言葉を残して、扉をバタン!と閉めてしまった。
「………」
その露骨な態度に唖然とする私。お店の品物をタダでよこせと言ってるわけじゃないのにね。
「どうする?」
「他のお店にも行ってみましょう」
ゴーシュを見上げて今後の行動を訊けば、彼はにっこりと笑って歩き出した。
「はあ…。どうにも歓迎されていないようですね…」
高台から町を見下ろしてため息を吐くゴーシュに、私はそっと寄り添う。
「そうだね…。どのお店も、私達が来るとすぐ閉めちゃったもんね…」
あの後、私達は何件かのお店に寄ってみたものの、結局何も買えなかったのだ。
「外海から、海賊船も立ち寄る違法な港だから、いろいろと知られて告げ口されるのを恐れてるんだよ」
「ラグ…」
後ろから聞こえてきた声に振り向けば、そこには大きな袋を持ったラグの姿があった。
「これ、水と食べ物。サブリナおばさんが持って行けって。ゴーシュのゲボマズスープよりも全然うまいよ。おばさん、すごくいい人なんだ。ただ、テガミバチの大変さは知らないから…」
私はラグから水と食料の入った袋を受け取る。やっぱり、サブリナさんは優しい人だと思った。あんな風に追い出したゴーシュにも、水と食料を分けてくれるなんて。きっと、私達ではこの町で何も買えないと分かっていたんだ。
「あの方…。メリーさんなら、僕の友達をとても大事にしてくれるでしょう。安心しました」
「とも…だち?」
優しく微笑んだゴーシュがラグの所まで歩いて行き、しゃがんで彼を抱きしめた。う、羨ましくなんてないもん。
「もう、配達は終わったんだよ、ラグ。君はよくがんばった。本当によく乗り越えた。僕らは共に助け合い、危険な旅を終えたんだ。君はもうテガミではなく、一人前の男だよ、ラグ・シーイング」
「じゃあ、もう…ともだち?」
「ああ」
「ともだち?」
「ああ、ロダもね」
何度も確認するラグと何度でも頷くゴーシュ。同じアルビス種の二人が、まるで兄弟のように仲良く見えて、私には入り込めない壁みたいなものを感じてしまう。
「………」
複雑な気持ちのまま、抱き合う二人を見ていたら、不意にラグとばっちり目が合った。
「リーシャも、ともだち…だよね?」
ラグが泣きながら問いかけてくる。うー、そんな悲しそうな顔しないで…。ラグの悲しそうな顔をそれ以上見たくなくて、私は口を開いた。
「うん、もう友達だよ。もちろん、レイラも」
途中で、私も友達だと言わんばかりにレイラが主張するから、彼女の事も付け加えておくのも忘れない。
「でしたら、リーシャもこちらへ来て下さい」
ゴーシュに呼ばれ、私は水と食料の入った袋を足下に置いてから、二人の所へと歩いて行く。
「リーシャ!」
二人の側まで行ってしゃがんだら、途端にラグが抱きついてきた。
「ラグ…」
ぎゅっと抱き返せば、さらにラグの抱きつく力が強くなる。
「うわあああん!」
そして、ラグの泣き声がキャンベルの港町に響き渡った。
「ロダ、レイラ、元気でね」
キャンベルの出入口である門にかかる橋の前で、ラグとの別れを惜しむかのように、レイラとロダが彼にすり寄っている。私はゴーシュの隣で、その光景を微笑ましく見ていた。
「赤い目は、お母さんがずっと大切にしてた不思議な力を持ってる石で、僕が生まれた時にかかった病気を治すために使ったって言ってた。でも、この目の事は誰にも話しちゃいけないって。こころから信頼できる人にだけ、打ち明けなさいって」
「そっか、大切な事を教えてくれてありがとう」
大切な事を教えてくれたラグに、お礼を伝える。そこまで信頼されているのが嬉しかった。
「ありがとう、ラグ。精霊琥珀は、その石の力を知る人にとって、とても価値のあるものです。狙われないように気を付けなければね」
「うん」
「アカツキに行ったら、ラグのお母さんの事も少し調べてみます。何か行方の手がかりが見つかるかもしれない」
ゴーシュがそう言って、門にかかる橋を渡り出した。私もその後ろをついて行く。
「これでルートができました。そう遠くない日、別のテガミバチがまた、誰かの大切なテガミと共に、この町を訪れる事でしょう。さよなら、ラグ・シーイング」
橋を渡りきったゴーシュは振り返ってラグに別れの言葉を告げると、ロダと一緒に歩き出した。
「ばいばい、ラグ。元気でね!」
私は閉まっていく門の内側にいるラグに向かって手を振ってから、前を歩くゴーシュを追いかける。もう、待ってよゴーシュ。
「さよなら、ゴーシュ。さよなら、リーシャ。あのね、僕、思ったんだ。いつか、いつかあなた達のような、テガミバチになりたぁぁぁい!!」
「ラグ…」
そんな私達に届けられたラグのこころ。胸がじんわりと暖かくなる。
「ねえ、ラグならきっと、ゴーシュのような立派なテガミバチになれるよね」
「そうですね。彼なら、きっと…」
追いついた私がゴーシュの顔を見上げると、彼は優しく微笑んで空を仰いだ。ラグ、あなたならきっと立派なテガミバチになれると信じてるよ。
「では、帰りましょうか」
「うん!」
差し出された手を取って、私はゴーシュと一緒に歩き始めた。シルベットの待つ我が家へと帰るために。
テガミと二人のテガミバチ
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やっと書き上げました…。説明セリフの多さと、鎧虫ブッカーズ戦に泣きましたが。
今回の話を書こうとした時、真っ先に思い浮かんだ場面が、ラストのゴーシュとヒロインのやりとりでした。そして、冒頭の部分を書き始め、あとはヒロインの動くままに書いていきました。
この後、ラグとの再会話も書く予定です。
2010.12.31 up