たまたま、私の生まれ故郷の村にゴーシュと一緒に配達に来た日の事だった。

「ここが私の生まれ育った村だよ」

「のどかな村なんですね」

すれ違う村の人に挨拶しながら、勝手知ったる村の中を歩いていく。ついでに、鞄からテガミを取り出した。宛先は私の実家の近所に住むご婦人。

「今回のテガミは近所だから、私が届けに行くね」

「お願いします」

お届け先の家の前で、私は息を吸い込んだ。

「テガミをお届けにきました!」

ガチャリとドアが開き、中からおばさんが顔を出した。

「あれ?もしかして、リーシャかい?」

「はい!お久しぶりです!今日はテガミをお届けにきました!」

懐かしい人に再会して、思わず声が弾む。人の良さそうな笑顔も相変わらずなおばさんだ。

「こんなに立派になって…。ところで、後ろに立っている彼は恋人かい?」

「ええ、そうなんですよー」

おばさんは感極まった様子を見せた後、急に小声で私にゴーシュの事を質問してきた。とりあえず、私もそれに合わせて小声で答えておく。

「それよりもテガミを届けに来ましたので、受け取りのサインをお願いします」

「ああ、そうだった。リーシャが来てくれたのが嬉しかったから、ついはしゃいじまったよ。両親には会ったのかい?」

私がテガミと共に受取用紙とペンを差し出せば、すらすらとサインをしてくれた。それから、おばさんにテガミを渡して、サインをしてもらった受取用紙は大切に鞄へしまう。

「いえ、まだです。テガミを配達してから顔を出すつもりだったので、これから会いに行きます。では、失礼しますね」

にっこりと笑ってから、私はゴーシュの所へ小走りで向かった。

「お待たせ!私の家に行くよ」

「僕までお邪魔したら、ご迷惑なのでは?」

「だから、迷惑じゃないって。それに、ゴーシュを恋人だって紹介しに行くんだよ?今更行かないと言われても困るの」

ここまで来てもまだ行くのを遠慮しようとするゴーシュの腕を引っ張って行く。この前、私がゴーシュの家にお邪魔した時とは正反対だね。

「ただいまー!」

かけ声と共に、バタンと扉を開ける。懐かしい私の実家。テガミバチの採用試験を受ける前まで暮らしていたのが、昨日の事みたいに思い出される。

「その声はリーシャなの?」

「帰ってきたのか?」

家の中からお母さんとお父さんが出てきた。あの頃より少しだけ老けた両親だけど、変わらず元気そうな姿に安堵する。

「ううん、今日はここまで配達に来たから、ついでに顔出ししようと寄っただけだよ。それよりも、紹介したい人がいるの」

そう言って、両親の前にゴーシュを引っ張り出した。

「彼はゴーシュって言って、私の恋人なの!」

「娘さんとお付き合いさせていただいております、ゴーシュ・スエードです。よろしくお願いします」

私がゴーシュを紹介すれば、彼は帽子を取ってから改めて名乗り、深く頭を下げる。両親は顔を見合わせると、軽く頷いた。そして、お母さんがゴーシュに話しかける。

「頭を上げて下さいな、ゴーシュさん。娘が選んだ方ですもの。私達は歓迎しますよ。ね、あなた?」

「ああ、そうだな。今のリーシャはいい顔をしている。これも君のおかげだろう」

「ありがとうございます!」

両親の会話を聞いて、ゴーシュはゆっくりと頭を上げ、嬉しそうに笑った。

「まあ、素敵な笑顔。お母さんがもっと若かったら惚れちゃいそう」

「ゴーシュは私のだから、いくらお母さんでも渡せないよ!」

にこにこと笑うお母さんの言葉に、私はすぐ反応した。いくら大好きなお母さんでも、ゴーシュは譲れない。初めて会った時に一目惚れして、やっとゲットできたんだから。

「あら怖い。冗談だったのに。ねえ、あなた?」

「冗談だったのか?」

「あらあら、あなたまで本気だと思ったの?これでもあなた一筋なのよ」

目の前で繰り広げられる万年新婚夫婦のやりとりに、私はため息を吐いた。こうなったら、しばらくは二人の世界だ。放っておいても問題ない。

「もう、相変わらずなんだから。ごめんね、こんな両親で」

「仲のいいご両親で羨ましいですよ。僕にはもういませんからね」

苦笑いしながら隣にいるゴーシュを見上げれば、優しげに笑う彼の顔が一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた。

「あ、ごめんなさい…。私、無神経だったね」

ゴーシュのご両親がいないのは知っている。それなのに、私は両親に紹介したいからと彼を強引に会わせた。

「気にしないで下さい、リーシャ。そもそも、僕には両親の記憶がありませんしね」

ゴーシュは俯いた私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。しかし、さらりと言われた言葉に絶句する。慌てて顔を上げれば、さっきと変わらない表情だった。

「実は僕、11歳より前の記憶がないんですよ。生まれたばかりのシルベットを抱き上げたのが、僕の最初の記憶なんです」

ゴーシュから語られる衝撃の過去。何て言えばいいのか分からなかった。でも、それと同時に納得もする。ゴーシュがあそこまでシルベットを大切にする理由がやっと分かったからだ。

「そっか。ずっとシルベットと二人で生きてきたんだね。教えてくれてありがとう」

大事な事を教えてくれた嬉しさを込めてぎゅっと抱きつけば、ゴーシュも同じように抱き返してくれる。

「まあ、熱々だこと。妬けちゃうわね」

不意にお母さんから声をかけられ、ここがどこだか思い出す。両親を見れば、楽しそうに笑うお母さんとむすっとしたお父さんがいた。

「あ…。す、すみません!」

慌ててゴーシュが私から離れる。滅多に見られないゴーシュの慌てた様子にくすりと笑えば、じとーっと恨みがましい目で見られた。



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