ビリジアン | ナノ

越後線、柏崎行。僕は都会でともに暮らす恋人を連れて、鈍行列車で僕の故郷へと向かっているところだった。時は6月。少し雨の降りそうな、湿気の多い緑の季節である。

「まるでテーマパークだわ、でなければ海の中だわ」


僕の恋人が言った。列車の線路は山に囲まれていた。窓の外は右も左も森であった。月並みな言葉に替えれば天然の緑のトンネルである。僕の恋人は都会生まれの都会育ちであったから、このような景色は信じ難いといった様子で、無表情で固まったまま口をぽかりと開けて前のめりになっていた。恋人の白いシャツと白いスカートと、裾から覗く白い腿が、黄ばんだ古い列車の壁と窓の向こうの深緑に映えていた。

「こんなところに人が住んでいるなんて」
「住んでいるよ」
「きっととてもアナログな生活をしているのだろうね」
「君は知らないだろうけど、意外に家の中なんかは最新の電化製品で溢れていたりするよ」
「へえ!」


 森は延々と深く続くように思えた。けれどまるで短調のメロディが突如に転調して長調となるかのように、景色は前兆もなくあるポイントでばたりと田園風景へひらけた。遠くの方では、まだやはり樹々が民家を覆い尽くさんとばかりに裾野へと溢れ出していた。雲が低かった。恋人はそれらを口をぽかりと開けて眺めていた。僕はその、リップグロスの塗られたややグロテスクな唇を、景色と交互にちらちらと眺めていた。

「あと何駅かかるの?あなたのお家まで」
「あと2駅だよ」
「なんという駅だったっけ?」
「礼拝駅」
「面白い駅名だね」

恋人は窓の外にも飽きた調子で、ほんとうは興味がなさそうに、言った。僕はそれが面白くなかったので、あえて恋人の名前を呼んでやった。

「響子」

響子はびくりと肩を揺らし、僕から目をそらし続けた。列車は再び森の中へと入った。

「知ってるか? あらゆる名前は、世界で一番短い物語なんだ」
響子は首を傾げた。
「たとえば響子の名はーー響子の両親が音大を出た音楽好き同士だということを体現している。響子もまたあらゆる音楽のように響いて、あらゆる境を超えて影響を与えられる人物になるようにとの意味が込められている。さらには響子に妹がいてーーこの妹の琴子という名と韻を踏んでいる。君の名は色々な方面へと連動している」

「うん」

響子の膝もとにあるアイフォンがメールの受信を知らせて震えた。響子はもう、自分の物語を脳内でリフレインさせることと、窓の外の海に釘付けだった。

「なんだか死ににいくみたいだわ」
海を見ながら、恋人は言った。僕はあながち間違ってはいない、と言おうとして、……あえてやめた。この森は住む場所ではない。僕らはもう都会に染まってしまっているのだ。


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