光さやけきまじないは
3
 

「殺した……?」
 姫は首をひねりながら、疑問の声を漏らした。
「わたくしが、あなたの兄君さまを?」
 怪訝さのあまり、眉間にしわが寄るのがわかった。
 青年は暗い目をしたまま、頬を上げる。口の端から、獰猛そうな白い歯がちらりと見えた。
「なにをしらじらしい。いまさらとぼけなくてもいいではないですか」
「神仏に誓って、わたくしの両手はきれいなままですわ」
 姫は自身の両手を見下ろす。
 日々、ひんやりとした小川のせせらぎにさらしているせいで、がさついた白い指。昇殿をゆるされた父を持つ娘とは思えぬ、労働を知る者の手指。
「直接手を下さなくても、ひとは殺せるでしょう?」
 含みのある声音で、青年が問うてくる。
 姫は顔を上げ、青年の両目をのぞきこんだ。
「直接相手をぶった斬ったほうが、早くありませんこと?」
「あなたは本当に姫らしくないですね。よくも悪くも」
 青年は感心しているのか、ばかにしているのか、よくわからない言葉を返してきた。
 一拍置いてから、唐突に、姫の右の手を取った。
 姫は青年と肌が触れあっている部分に、身体中の熱が集まってくるのを感じる。
「たしかに、あなたのこの手は汚れていないかもしれない。でも、たましいは血でけがれている」
「……どういうことです?」
 姫は青年の失礼な言葉選びに、声を低めた。
 ていねいな動作で、手首にからみつく青年の指を剥がしとる。
「あなたは、私の兄を呪い殺しました」
 答える青年の口ぶりは静かだった。
 けれども、押し殺した言葉の奥には、腹の底で圧縮された怒りがひそんでいるようだった。
 ――呪い。
 姫はくちびるだけ動かして、声には出さずに青年の言葉を繰り返した。
 ようやく、心当たりのある行為を、記憶の淵からすくい出すことができたかもしれない。
 けれども、あの呪いの目的は……。

 口を閉ざし、記憶を探り始めた姫をよそに、青年はそでの下から、小さな紙を取りだした。
「兄が急逝したのち、寝所の床下から呪物が見つかりました。兄が呪い殺されたと断定されたころには、すでに、あなたは京から姿を消していた」
 語りながら再び姫の手をとると、紙を姫にむりやり握りこませる。
 姫はてのひらを開き、青年にわたされた紙を見つめた。



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