平安異聞録
3
 


夜陰に浮かぶ様に、彼女はいた。
高襟の紫の衣装に身を包み、柔らかな笑を浮かべつつ近づいて来る。
真紅色の髪を緩やかに右で纏めており、しゃらしゃらと歩くたび金歩揺が涼やかな音を奏でていた。
「真鈴(ますず)。」
「お久しゅうございます。浩次様、主様がお呼びですわ。」

天女かと思う容姿を持つ彼女の名は、真鈴。
人ではなく、彼女は妖である。
本来なら、陰陽師の本分として妖を放って置くなど言語道断であるが、彼女はただの妖ではない。
「こちらへ、主様と旦那様がお待ちですわ。」
真鈴に案内され、邸に上がると廊下を進んでゆく。
御簾が降りた室の前に来ると、真鈴が跪いた。

「千景様(ちかげ)、司様。浩次様が、お見えになりましたわ。」
「おお、ご苦労だったな、真鈴。入れ浩次。」
御簾越しに聞こえたのは、よく通る男の声。
妻戸ではなく御簾なのは、冬の空気が好きだというもの好きな邸の主の意向だろう。
昔から変わらない、変わった友人の趣向。
「入るぞ、司。」
御簾を開け、室へ入る。
視線を上げたその先。月明かりの下、高欄に背を預け杯を傾ける一人の男。
「よぅ。息災か、浩次。」
藍色の狩衣に、ざっくりと切られたざんばらな髪が肩口で夜風に揺れている。

―十二年前の粉雪が舞う日、人であることを自らやめた彼、司。

「久しいな、司。」
その声に、にぃと口の端を上げた。
「まぁ、座れ。――厄介事だろう?それもかなりの。」
杯を傾ける司の隣にまぁなと言いつつ腰を下ろす。
ふっと、辺りを見渡す浩次。

「北の方はどうした?姿が見えないが?」
確か、室に入る時真鈴が北の方・・千景殿の名前も呼んでいたはず・・・。
「ん?千景か?ああ、それなら・・・。」
ぐっと杯を煽りながら言葉を紡ごうとしたとき、それを遮るように声がした。

「追加の酒を取りに行っておった、珍しき客が来たのじゃ。もてなすのが礼儀じゃろう?」



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