――裳着(もぎ)。
それは貴族の女子が成人した証であり、同時に政治や家の道具に使われる事を意味する……謂わば“贄”の儀式。
今日から天真爛漫に庭を駆け回っていた少女は深窓(しんそう)の姫君となる。
少納言である清原行貫(きよはらのゆきつら)の三女が裳着を迎える今日、邸には数多くの公達(きんだち)が集まっていた。
既に行貫の一の姫は入内し、二の姫は公卿の妻になっている。
いずれも見目麗しい姫君で、ならば妹姫もさぞや美しいのだろうと期待に胸を膨らませ、自分達の前に現れるのを今か今かと待っているのだ。
そんな彼らを嘲笑うのが本日の主役、行貫の三女であり美姫(びき)な姉を持つ齢(よわい)十三の静(せい)姫だ。
白い絹のような肌を際立たせる緑の黒髪。瞳は長い睫毛に縁取られ、下唇がやや厚めのそれは桃色で柔らかそうな印象がある。
小柄で淡い色の着物を纏う姿は庇護欲を誘うものではあるが、見た目に騙されてはならない。
――彼女はそんな柔(やわ)な女人ではないのだから。
静姫は名とは裏腹に“動”の気質を持ち、着物を膝までたくし上げて庭を駆け回るという事は日常茶飯事。更には見つけた虫や蛇を素手で掴み、邸内に入って来るものだから女房達は悲鳴を上げる日々を送っていた。
けれど、そんな悪夢のような日常も今日を過ぎれば過去となる。
なにせこれから静姫は一日中御簾のなか。今まで散々注意したにも関わらず、一度として聞き入られる事のなかった女房の苦労もこれで報われるというものだ。
勿論虫や蛇を突き付けられ、はしたなく大声を上げるという事態からも免れるのだから、彼女達にとってこれほど嬉しいことはないだろう。
しかし、当の本人である静姫は晴れの日だというのに不機嫌に顔を染めている。
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