桜吹雪
 

春の宴がある。自慢気に笑う彼に伝えられてから今日までずっと楽しみにしてきた。


待ち焦がれて、ようやく当日になって女房に手伝ってもらいながら着替えや化粧をしている時に変化が起きた。


やたら化粧品の匂いが鼻につく。加えて皆が纏っている香の匂いが不快感を呼び起こす。昨日は気にならなかったのにと自分の体の不調に疑問が浮かび上がったのと同時に、喉の奥に苦い味が沸き起こった。


思わず手で口を覆ってやり過ごそうとして動きが止まる。動かなくなったことで女房達が不思議そうにどうしましたと聞いてくる。答えようとして、だけど答えられなくてその場でうずくまる。今まではなかった匂いによって気分が悪くなったことが不思議で、頭も混乱していた。


変化に即座に気がついたらしい、一番信頼している女房が何かを叫んだような気がしたけれど手遅れで、せり上がってきたものを吐き出した。


なんとか騒動が落ち着いて、女房が呼んでくれたらしい薬師に訳を説明すれば十中八九間違いはないと断言をされた。


どうやら懐妊をしたらしい。



「おめでとうございます、皇后様」




隣で頬を紅潮させているのは、あの騒動の折に叫んだ女房。実家から一緒に後宮にやってきた彼女は元々は筒井筒の仲で、お互いのことは大抵わかる。まるで分身のような彼女は私よりも懐妊の事実を喜んでくれている。



「ありがとう。だけどもう少し声は小さく、ね」


「あ、申し訳ありません。ご懐妊なさるなんて夢のようで嬉しくて、つい…」


「…そうね」



彼女がそう言うのも尤もで私は幼少のころからよく病にかかっていて、大半を床で横になって過ごしていた。生まれた時に名のある僧侶に占ってもらった際、長くは生きられないだろうと言われていたらしい。長く生きても裳着は迎えられないだろうと。


だからこそ彼女はこんなにも喜んでくれている。きっと家族に懐妊を伝えれば、同じように喜んでくれるはずだ。



「主上のご寵愛をお受けになられ、入内、立后と進みながらも、お二人とも御子を望んではおられないご様子でしたのに…」



彼女は本当に嬉しいようでいまだ興奮が収まらないらしい。苦笑しながら、主上と呼ばれている彼のことを思い出す。


私の体のこともあるから子はいいと言ってくれていたけれど、本心ではなかったはず。伝えればどんな反応をするだろうか。


驚きながらも喜んでくれたらいいと思う。笑って、抱きしめてくれたら。


早く伝えたいのだけど、彼は今宴に出席しているのですぐに報告するのは難しい。宴を急に休むことになってしまった私の代わりに楽しんでほしい。体調が崩れてしまったので出席できないと書いた文に書き添えておいたのだ。


私のことは気にせずに春の訪れを楽しんで、喜んでほしいと。あとでまた文を送るから、心配はいらないと。



「皇后様、お寒くはありませんか?今やお一人のお身体ではございませんので大切になさってくださいまし」


「わかっています。大丈夫よ」



早くも過保護になっている彼女に笑いかけて目を閉じる。思い浮かぶのは、どう我慢してもやはり会いたいと願う彼の姿だった。


その日以後、宴後は何かと仕事が重なって忙しくなったらしく、彼からは時間を見つけたら必ず一番先に会いに行くという文が一通、届いただけだった。


懐妊が発覚して十日程過ぎても彼は訪ねてくることはおろか、一通の文さえも届かなかった。なので今現在、私の懐妊を知っているのは女房である彼女ただ一人。


嘔吐した場に居合わせた女房達には、朝から気分が悪くて、着替えの時にさらに悪化してしまったのだと後日自ら説明をした。熱を出したり、寝込んだりが日常茶飯事なので女房達は疑うこともなくあっさりと納得してくれた。


悪いとは思ったけれどやはり一番に伝えたいのは彼であったし、呪詛という懸念もあるのであまり話を広めたくはない。





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