自身の名前は颯灯 芹。年は十七。母親、父親、兄は健在なはず。家族の名前は不明。姓があるからたぶん貴族の端くれ。
――これが十七になる芹の知っている自分に関する全ての事柄だった。
七つを迎えるまでは、ごくごく平凡に暮らしていたのだ。父と母、兄に囲まれ平和に。
事態が一遍したのは本当に突然で。
「芹・・・いいかい?」
夏の、終わりだった気がする。蜩(ひぐらし)の声がやけに大きく聞こえていた。
父と来たこの邸。母屋に上がると父は真剣な面立ちで幼い私に語りかけた。
「今日から、ここに住むんだ。いいね?必要な物は揃っている。生活に必要な物は全て届けさせる。だから――」
―この邸から、外に出てはいけない。
その言葉を合図にしたように、私の意識は暗転した。
次に目覚めた時には、誰もいなくて、辺りはすっかり暗くなっていた。
――とお、さま・・?
むくっ、と身を起こし辺りを見渡すが、そこは頼りない手燭が数本、辺りを橙に照らす空間だけで、・・・誰も、いない。
――と、さま・・・っ!!
思わず怖くて、駆け出した。
邸に唯一あった東対(ひがしのたい)。庭。
邸中を幼い足で走り回って、探した。
―かあ、さま、にいさま、・・・!!
とたとたと、自身の足音だけが反響する邸。堪らなくなって、外に出ようと母屋の階を駆けた。
しかし。
――あかない・・・?!
固く閉ざされた、門扉。それはいくら押しても音一つ立てず、芹の行く道を阻んだ。
狼狽し、どこか出られる場所を探さなくては、と築地塀に沿って歩くが、塀に綻びは一つとしてなく、邸を囲っていた。
誰もいない、出られない邸。
――かあさま、にいさま、・・・・とお、さま・・・・!!
くしゃくしゃに顔を歪め、泣きじゃくるが、――誰も来なかった。
その日から、芹は誰とも話しても、会ってもいない。
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