今思うと、何故あの方と結婚できたのか。
身分も家も遠いあの方は、あたしを選んで下さったけれど、それはあたしが変わっていたから?
あの方が、変わっていたから?
現にいま、あんなに足繁く通って下さった愛しい方は来なくなってしまった……。
「お越しにならないと行っても、まだ七日あまりではありませんか」
「そうよ。最後に来て下さったのは月が隠れていた夜。あれから七日もたってしまったのよ」
「……姫さま、ひとまずは白湯をお召し上がり下さい」
女房が食後の白湯を持ってきたので、それを口に含む。
気が昂ぶっていたためか、姫はそれを一気に飲み干し、器を女房に返した。
「ありがとう、下枝(しずえ)」
「まぁ、あのように一思いに飲まれてしまって……。もう少しゆっくりお召し上がりくださいな。殿にも"我妻ははしたない"と思われてしまいますよ」
「そもそもいないし、見てもいない。だから気にする必要なんてないのよ。あぁ、どうして来なくなってしまったのかしら……」
「姫さまのそのようなお振る舞いが影響しているのではありませんか?」
「言ってくれるわね……」
姫の回りにいる女房は少ないので、この女房は一際気が許せる姉妹のような存在である。
姫が結婚したのはひと月ほど前の事だった。
受領の娘という身分が高くない姫のもとへ、参内も出来る参議の男が通うようになった。
姫は受領の娘でありながら、父親の意向で高い教養を受け、歌と琴の名手として都の公達の間では噂になっていた。
だが"性格に難あり"ということも、尾ひれを付けて魚のように勝手に泳いでしまった。
例えば文を貰うと、歌を品定めをする商人のごとく批評を返し、ここはこうした方が良いとあげく添削までしてしまう。
添削された歌はそれは良い作品になって返ってくるが、恋文として出した男はたまったものではなかった。
つまりは男心の分からない、おせっかいで変わり者の姫である。
本人いわく、男心を考えないのではなく、気になってしまったものはどうしても直してしまいたくなるだけ、とのことだった。
「そんな姫さまがまさか参議の基真(もとざね)さまとご結婚なさるとは夢にも思いませんでしたわ」
「あの方は……特別だったの」
「特別とは?」
「歌を詠まないから」
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