−返してください−



「そうですか」

お役人から事の結末を聞いた時、おうめはそう相槌を打つことしかできなかった。
そんな彼女を見て、ずっと下手人を追いかけていてくれた同心の旦那は気の毒そうな顔をする。

「気ぃ落とすのも分かる。だがよ、もう下手人はお縄になって、さらにはこの世にいねえ。忘れろとは言わねえが、ちっとは自分の身を考えな」
「そうですね」

おうめは彼の顎の辺りに目をやったまま、何を言われているのかはっきり分からないまま返事をした。
同心がため息をつく。

「おい親分、なんとか言って慰めてやれよ」
「あっしが口出しできることじゃありやせん」
「まったく、利吉親分ともあろうもんが」
「なんですか。あっしは旦那みてえに女の扱いに慣れてねえんで」

同心と親分が何やら言い争っている。
それを、おうめはぼんやりと聞いていた。

ーー下手人が捕まった。
恋しいあの人を殺した下手人が。

この時をどれほど待ち望んでいたことか。
毎夜、寝る前には必ず祈った。
どうか、下手人を殺してください、と。
命の対価は命によってのみ計ることができる。
おうめはそう信じて疑わなかった。
そしてそれは叶ったのだ。

あたし…嬉しいはずよね。

そう、己の胸に問う。
なのに、答えが返ってこない。

仇を討ったところで、誰も救われないし、何も変わらない。
それを承知でずっと願っていたのだ。
恋しいあの人が戻ってくることはないということも、十分承知だった。

なのに、心は変わらない。
彼がこの世を去ってからずっと、心の海は無風だ。
否。
終わりはないはずの海はどこかに穴を開け、徐々に徐々にその水位を下げ続けている。
水が漏れ出している。

「おい、大丈夫か」

心配そうな声にはっとしたおうめは、慌てて頭を下げた。

「あの、ありがとうございました。あの人もきっと、浮かばれると思います」

嘘をつく。
彼が浮かばれるかどうかなんて、分からない。
それでも、同心の手前、そう言わざるを得なかった。

同心の旦那はじっとおうめを見つめ、すいっと背を向けた。

「ま、俺らの仕事だからな。礼を言われる筋合いはねえが…おめえさん、頼むから自害なんてやめてくれよ」
「自害?」
「そう、自害。恋人を追って死ぬなんて、あまりにも時代遅れだからな。俺らの仕事を増やすんじゃねえぞ。ただでさえ忙しいってのに」

じゃあな、と同心は去っていく。
その後を、岡っ引きはおうめに向かって一礼した後で追いかけていった。

残されたおうめは自害という言葉について考える。

あたしが自害…

考えなかったことではない。
後を追えたらおそらく、もう二度と何にも煩わされることはなくなるだろう。

しかし、勇気がなかったことも事実である。
死について、おうめは何も知らなかった。
無知に対する恐怖が、彼女を足踏みさせていたのである。

つまり、おうめにはなす術がなかったのだった。

恋人を奪われ、その仇を自ら討つこともできず、後を追うこともできず、ただ毎日涙を流すだけ。
彼の笑顔と共にある思い出をいちいち取り出しては、うちひしがれる。
もう彼は戻ってきやしないという事実に。

今となっておうめが願うのは、ただ一つのことだった。

あの人を返してください。
お金も体も差し出すから、どうか返してください。

彼が戻ってくることだけを願っていた。
無理な願いだとしても。

またもや涙が流れる。
お金を奪われただけなら、お気に入りの簪を取られただけなら、ここまで執着はしまい。
涙を流して、惜しい惜しいと悔しがるだけだろう。
だが今、おうめは心をすり減らしつつある。
ゆっくりと腐敗し、崩れていくのを感じる。

この侵食を止められるものがあるのだろうか。

今はただ、否と答えるしかない。

「何もいらないから、せめて…」

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