penalty kick
1
俺の上に乗せられたまま、吹雪はしおらしくため息をつく。
「待ってた、って…………どういうこと?」
「本当に……わからないのか?」
ここまで連れられてきて、こんなふうに追い詰められてもはぐらかすつもりなのか。
いや、思いというのは、言葉にしないと伝わらないないものなのかも知れない。
「………吹雪」
俺は吹雪を乗っけたままソファーで上体を起こした。
「お前の気持ちを……聞いていいか?」
「僕……の?」
見上げてくる灰碧の瞳は澄んでいて、すごく綺麗で胸が高鳴る。
「いや、まずは俺から打ち明けよう」
覚悟を決めて、俺は打ち明けた。
「お前が好きだ。ずっと前から」
「す……き?」
吹雪はもう一杯いっぱいなのだろう。呑み込めていない様子で意外な問いを返す。
「それ…ってどういう……“好き”?」
聞かれた俺は少し詰まる。だが答えは明確だった。
「どういう……って。身体も反応する“好き”だ。生理的じゃなくて、気持ちも含めてお前が欲しい。わかるか?」
キスしたくて堪らなくなって、吹雪の頬に手を当て顔を近づけても、何も答えずただされるがままの吹雪がもどかしい。
「お前はどうなんだ?」
「ぼく……は……」
今夜はすべてを確かめたい。言葉にならなければ身体に問うくらいの勢いでここへ連れ込んだ。
でも………吹雪のこんな顔を見ていると、やはり一線は大事に越えたいと改めて思う。
ひとりよがりじゃなく、二人の意志で。
「身体……なら、ぼくも……君に反応…する……よ」
震える声で吹雪が零した言葉に俺は耳を疑った。
「君だけに……よそよそしくしてたの……そのせい…だもん………」
「っ……」
瞬時に俺の中でテストステロンが大量に分泌される。
「それはつまり……」
吹雪は素直に頷いた。
「そう。ある夜君に……いろいろされてる夢を見てイっちゃって。それからずっと気まずくて………君を避けてたんだ」
あまりにストレートな告白に、さすがの俺も呆気に取られる。
「だって……すきって言ってもぼく男だし……君に何を……どう伝えたらいいかわかんなくって……」
そこまで打ち明けてから吹雪はホッと息を吐いた。
そして「あ〜あ、言っちゃった。恥ずかしいから一生黙っておこうと思ったのに」と照れくさそうに笑ってるのが滅茶苦茶可愛い。
「あ……ダメだよ」
今にも重なりそうな唇を、ふいっと横を向いて逸らされる。
焦れったい。
想いは通じあってる筈なのに―――。
「したい。吹雪……いいだろう?」
「ダ……メ……だって」
吹雪は肩を震わせ顔を逸らしたままで言った。
「君と……ずっと……そばにいたいから、友達のままでいいんだ」
「…………?」
一瞬、意味が呑み込めなかった。しかし朧気に……徐々に見えてくる。
「恋人同士になって、もし何かあって別れたり傷つけあうのが嫌だ、ということか?」
吹雪は何度も頷いた。
勿論そのことは俺も考えていなかった訳じゃない。
だが正直、もしも想いを遂げられたなら吹雪を手離すつもりなんて欠片もなかった。
「―――大丈夫だ」
俺は吹雪の髪を撫でるようにして顔をこちらに向けさせる。
「一線を越えても……友達じゃなくなる訳じゃない。恋人になれたら、お前をずっと幸せにしたい。だが万が一何かあってお前が友達に戻りたいというなら……戻る努力だってするから」
気持ちを言葉にしながらも、どれほど吹雪のことを大事に思っているかなんて、言い表しきれるはずがないと思う―――。
「でも、そんなの………ぼくが無理……」
吹雪の上擦る声は“否定”を示した。
だが、響きは“肯定”に聴こえたのは俺の勝手だろうか?
唇を近づけると、溶け合うように受け止められて重なる。
「…は…ぁ……」
零れる甘い吐息。
薄く開いた隙間から下唇を吸い上げると、身を竦め震えながらたどたどしい動きでこたえてくる。
「ん……ふ………」
身体の上にいる吹雪の唇を貪りながら前のめりになっていく俺に押されて、吹雪が後ろ手をつく。
そしてのけぞった姿勢の吹雪のシャツの下から手を忍び込ませた時………
カシャン―――と小さな音が窓の上の方でして、正面のカーテンが自動で開きはじめた。
「や………待……って……何っ?」
窓の外に広がる夜の繁華街の景色を、吹雪は目を丸くして見つめる。
「これ……向こうから丸見え……」
「それもありだな」
「ひゃっ!!」
吹雪が悲鳴をあげたのは、俺に上衣を取り払われたからだ。
「や……め……っ」
飛びのくようにソファーの隅に逃げる吹雪。
俺はそこから離れ、窓際に歩いて行ってガラスのつくりを確かめながら言う。
「大丈夫……マジックミラーで向こうからはわからないようになってる」
「ふ〜ん……」
何だか吹雪の返事が冷ややかだ。
「これが君の趣味なんだ………」
「はあ?」
「いろいろと、よく知ってるんだね」
「待て。それは誤解だ」
絡みあっているうちに、何かが偶然に起きたんだろう。
「これを弾みで押したんじゃないのか?」
ソファーに戻った俺はクッションに埋もれたリモコンを手に取る。
「あ、ホントだ……ごめん……」
吹雪は恥ずかしげに猫みたいにソファーの上で丸まったまま謝った。
「見られてる気分を味わうのも悪くないが――」
肌を露わにした吹雪の白さと夜景の対比も、たしかに美しく映える。
俺は惹き寄せられるように両手を伸ばし、吹雪を抱き上げた。
「ひゃっ………」
「大切な相手を初めて抱くのに、俺だってそんな余裕はない」
腕の中に閉じ込めた吹雪の首筋を唇で撫で「ベッドでしよう」と囁くと、頷いた吹雪の繊細な猫毛が俺の鼻先で揺れた。
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