*face* お昼のニュース番組で、君が空港のゲートから出てくる映像が速報で流れている。 先月、欧州の某クラブチームと留学生の日本人少年の間で起きたトラブルを聞きつけて、すぐに現地へと飛んだ君。 気難しく頑ななクラブ側を相手取り根気良い交渉を重ねて、ようやく事態を好転に向かわせたという――その報道を聞いた僕の脳裏には、同じフィールドにいたころの――相手の小さな隙を突いて抉じ開け膠着状態を打破する彼の鮮烈な勇姿が重なって、胸のすく思いがしたものだ。 頼もしく若き“日本少年サッカー協会会長”豪炎寺修也。 彼の手腕によるフィフスセクター解散後の少年サッカーの復活と成長の目覚ましさは、世界の度肝を抜いた。 僕らのいた黄金時代を過ぎて10年。 躍進をきっかけに一気に膨張し、暴走を繰り返してきたこの国のサッカーが、一時は再起不能と見放されていたのが今や嘘のようだ。 君が協会としての業績を残せば残すほど、選手としての舞台から遠ざっていく気もするけれど、ここ数年の彼を見ていて僕は思う。 彼を必要としている舞台は勿論ピッチなのだけど、少年サッカー界も同じなんだと。 だからこそ、彼は“未来”に賭ける方を選んだのだと思う。 彼が実現した抑圧〜解放と再生のシナリオは、きっとだいぶ前から彼が仕組んでいたものなのだろう。 彼にはずっとサッカーの未来が助けを求める声が聴こえていたのかもしれない――自分がフィールドで浴びる大歓声よりも、ずっと重いものとして。 「キャーーー!!」 豪炎寺くんがゲートから出てきた瞬間、どよめきや黄色い歓声が飛び交う。 鍛えた体にフィットした鮮やかな色のスーツ姿は、どうしたって人目を引く……画面で見てる僕も目を奪われるくらいだ。 選手時代と変わらない。騒ぎを全く意に介さずに颯爽と立ち去る君。 その背中を追う映像でニュースは次に切り替わり、僕は一秒でも早くあの背中に抱きつきたくて、もうウズウズしはじめている。 ――それから、待つこと『10時間』?? 何でだよ。明日の僕のオフに合わせて、強行スケジュールで戻ってくれた筈だったのに。 帰国してからこの部屋に辿り着くまでの、想定外の時間の長さは僕の気持ちをしぼませた。 一直線に飛んで来て、なんてワガママは言わないけれど――― 『大会スポンサー関係のパーティーに顔を出すことになった。夕食は要らない』 『わかった、気を付けてね』 『ああ、なるべく早く帰る』 夕方そんな電話のやりとりしたきり……時計はもう夜の10時を回っていた。 僕が何度目かの深いため息を漏らした時―― しんとした部屋にカチャリと玄関のロックが外れる音が響いた。 「……お帰りなさい」 拗ねた顔見せるのは大人げがない。 けど、浮かなさを滲ませた声と表情で僕は出迎える。 「ただいま」 豪炎寺くんは「遅くなってすまなかった」と、目を合わせない僕のこめかみに軽くキスをする。 そしてネクタイを緩めながら1ヶ月ぶりの室内を見渡して安堵したような小さな息をつく。 僕だけに見せるその顔は、ずるい。 いつもすぐに僕の心をまろやかにしてしまうのだから。 「………これは?」 夕食要らないことは、知ってる。 でも僕があえてテーブルに置いたおにぎりと味噌汁を見て、豪炎寺くんは優しく目を見張った。 「仕事のパーティーの立食の席じゃ、飲んでばかりで何も食べてないかと思って……」 「……ああ。有難いな、頂こう」 彼が上着を脱いでいる間に僕はキッチンへ行き、自分の分も持ってくる。 実は僕も食事はまだだった。彼と一緒に食べたくて……。 すると汁椀を手にした豪炎寺くんの感慨深げな声が僕を呼ぶ。 「吹雪……」 「なぁに?」 「この味は……」 気づいてくれたんだ。 僕は思わずにっこりと微笑んだ。 「ふふ……わかった?フクさんのお味噌汁だよ」 僕も食卓の向かい側に座って。 彼の不在の間、夕香ちゃんの17回目の誕生祝いに豪炎寺家を訪ねた時の話をした。 お味噌のことは、その時の話題のついでに分けてもらってきたものだ。 豪炎寺くんにとって“懐かしい味”だからと――。 豪炎寺くんは和らいだ表情で僕の話に耳を傾けている。 彼の優しい相槌に導かれるように僕の話も心も弾み、奥底で燻っていた感情も消えていく……… 「旨かった。ごちそうさま」 「あ、お風呂も用意できてるけど……」 立ち上がる豪炎寺くんの後を追うように、僕は呼びかける。 「あ………っ」 振り向く彼を視界が捉えた次の瞬間、僕は彼の腕のなかにいた。 温かい温もりに、ホッとして涙が出そうになる。 「………一緒に入らないか?」 ドキン、と高鳴る胸。でも僕……お風呂は済ませてるから…… 「あの……僕はもうさっき……」 「わかってる」 彼の指が愛しげに洗い立ての髪を梳き、唇が自然に重なりあう。 君の心地よい存在を思い知らされるキスに、待ちくたびれた僕の気持ちが甘酸っぱい切なさで一気に膨らんだ。 「俺が誘ったのは……今から二人でに汗をかいた後の話だ」 「…………えっ」 いつの間にかボタンをはずされていたシャツが肩からするりと落ち、露わになった肌を温かい唇がなぞりはじめる。 ぞくりと快感が込み上げて…… こうなったら僕はもう、とことん自分の欲求に正直に向き合うしかない。 「……フッ……」 「何笑ってるのさ?」 お互いの身体をキスで撫でながらベッドに縺れ込む。 「お前の拗ねた顔に、ひどくそそられたんだ」 「……え?」 火照る肌をもて余し潤んだ目で見上げる僕の視線と、溶かすような甘い熱を孕んだ君の眼差しが絡む。 「なにそれ……意地悪だなあ」 「いや、貴重だからな。お前のそんな顔」 「そう……かな?」 ああ、でも そう……かも。 僕が、構ってほしいと思うのは 正直、君にだけだもの。 当たり前のように、一緒にいたい。 離れてるときも、毎日声が聴きたい。 一緒にいたら、心と肌で君を感じていたい。 大人げないこと、わかってる。 でも、それは君の前でだけだから―――。 大人になんてならなくていい。俺だけに一生その顔を見せてくれ―――。 *face*完 4周年ありがとうございました |