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重厚なデスクに置かれた携帯が静かな部屋に鳴り響く。

そのいかにもビジネスライクな着信音は、財閥の若き筆頭・鬼道有人宛のコールだ。

始業前の鬼道ホールディングス・バンコク支部。
重役室にて一人黙々と過ごしていた鬼道は、コーヒーカップをソーサに戻して携帯に手を伸ばす。

「……もしもし」

鬼道の眉間にはすでに訝しげな縦皺が寄っていた。
ディスプレイには『豪炎寺修也』の文字……親しいが向こうからは滅多に掛かってこない相手だったからだ。

「……………滞在を延ばしたい?」

鬼道は驚いて、豪炎寺の申し出を繰り返す。
例のヴィラには円堂たちが一週間ほど滞在する予定だったし、もう一部屋くらい使わせること自体は何の問題もない。
敷地にはスポーツジムもあり、豪炎寺をはじめ親しい仲間内では施設の利用方法知っているはずだった。

だが、今気になるのはそこじゃない。
問題は、豪炎寺が『二名で』と云った点だ。

鬼道が知る豪炎寺は、派手な見た目からは想像もつかない超カタブツだった。
円堂に負けず劣らずのサッカー馬鹿で、ストイックなのか理想が高いのか、モテるくせに恋愛に全く興味を示さない。
サッカー界にとどまらない影響力をもつ豪炎寺は財閥のパーティーでもうけがよく、友人のよしみで引っ張り出してはみるものの、色めきたつのはいつも周囲ばかりで、戯れの恋の気配すらないのだ。
それでもたまにマスコミは火のないところに煙を立てたりもするのだが、少なくとも鬼道が近くにいて実際の火種を見たことは、未だかつてなかった。

「興味本位で訊くが、延泊する相手とお前の関係性は………」
「恋人だ」
「―――っ!?」

今、恋人―――と言ったな?
しかも当たり前のように。

豪炎寺に何が起きたというんだ―――?
天変地異のような衝撃を覚えながら、鬼道は頭を整理しようとする。

「つまり今回お前も円堂たちと同じように、その恋人とのバカンスを愉しむ目的で滞在する……と言っているんだな?」

「そうだ。宿泊代はこっちで持つから延長の手配は頼んだぞ」
「――はあ?」
鬼道はサングラスの下の目を剥く。
「それは困る。招待した友人の片方は免除して、もう片方から金を取るのは俺の流儀に合わん」
円堂たちの宿泊は、祝儀を兼ねて自分がもつつもりだった。
パーティーの晩の参加者の宿泊費も会費に込みと言いつつほとんど奢りのようなもので……鬼道は計算高いところもあるが、気前もよい男なのだ。

「円堂のは婚約祝いだろう?俺たちもいずれそうなるが、今回は遠慮する」

「い……………いずれそうなる……!?」

つまり“結婚を前提”に付き合ってる相手ということか?
それも“俺たち”とか甘い面下げて言う豪炎寺なんて、らしくなくていちいち引っ掛かる。

「それはそれ、これもこれだ。お前にはいつも借りがあるし、精算だと捉えてくれて構わんぞ」

「そうか。言っておくが、これからは俺も身を固めたいし、これを機にその手の付き合いも控えさせて貰うからな」

「…………はあ……?」
朝から悪夢でも見てるのだろうか?
らしくなさ過ぎる。すっかり手綱を握られた豪炎寺に、鬼道は軽く目眩を覚える。
「何を急に言い出すんだ?お前のその恋人とやらはそんなに理解が無いのか?」


「ごうえんじくん?なんの話……?」

電話越しに眉間に皺を寄せていた豪炎寺の表情が、ふと弛んだ。
豪炎寺の裸の半身をよじ登るようにして起きてきた吹雪の身体の重みが愛しくて。
とろりと見上げてくる大きな目と鉢合わせてまた口元が綻ぶ。
お互い誰にも見せたことのない表情だ。

「鬼道くんなの?ちょっと代わって…」
寝ていると思っていたのだが、どうやら話は聞こえていたようだ。
とろとろの寝ぼけ眼と鼻声の破壊力には逆らえず、豪炎寺は自分の携帯を吹雪に手渡す。

「もしもし……鬼道くん?」

「っ――お前は………………!」

「うん、その恋人とやらの吹雪です♪」

まさかの“聞きなれ過ぎた声”。

南の島の閉ざされた甘い非日常とも言える超私的空間で“あの二人”がいちゃこら乳繰りあっているというのか???

ダークホース中のダークホースだ。
中学の頃、なんとなく意識しあってる感は確かにあったが、仲間としての絆が濃厚すぎたし、互いに他でモテすぎて…………くっつくなんて思ってもみなかった。

今日帰国する仲間たちだって、この二人が帰りのセスナに乗らなかったところで関係を疑うものは誰一人いないだろう。
昨夜二人のあいだに通いあう仄かな恋心を嗅ぎとっていた綱海でさえ……………。

してやられた感にうちひしがれながら、鬼道は吹雪との通話を終える。


「さ、話もついたことだし……せっかくだから今日も泳ごっ……………わあっ……」
「おい。まだ動くなと言ってるだろう」
ふにゃりと崩れる吹雪の身体を、豪炎寺が抱き留める。

「だってふたりきりで過ごす初めてのオフだよ? 楽しみたいじゃないか…………ってか君、なんか怒ってる?」

「……いや」

そうは言いつつ、豪炎寺の眉間には険しい皺が寄っている。
鬼道に対して折角今後の付き合いを断ったのに、そのあとすぐに吹雪が代わった電話で『パーティーなら彼はでるよ。そのときは僕も誘ってね♪』と調子よくとりなしたからだ。

「でも……さっきさ、ほんとは嬉しかったんだ…」

ルームサービスをとり、ベッドに並んで腰掛けての軽いブランチ。
蕩けた身体が少し回復しはじめた吹雪が、サンドイッチを手に豪炎寺に寄りかかり、甘い声で呟いた。

「身を固めたい……って。僕のために言ってくれたんだよね?」

「ああ、他に誰がいる」

「…………」
ストレート過ぎる返事に吹雪は一瞬きょとんとし、ぱあっと顔を赤らめて俯いた。

「でも僕ら、人気稼業だから……やっぱファンサービスには協力した方がいいよ」
小さくカットされた英国式サンドイッチを上品に口に運ぶ仕草に見とれる豪炎寺。
いかにも国民的アイドル選手らしい発言と、それに見合う可憐さが豪炎寺の心を揺らす。
「でも君、格好いいから……盗られないように見張らなくっちゃいけないし」

―――そういうことか。
吹雪はファンを大切にする。
特定の恋人ができたとしても、ファンから夢やときめきを奪ってはいけないと考えたのだろう。

「フッ……有り難いが、俺はその“見張り”の人気ぶりの方が心配だ」

豪炎寺は苦笑まじりに吹雪を抱き寄せた。

パーティーで盗まれる心配なんて、お互いに尽きない。

だが、退屈な付き合いさえも
これから吹雪と一緒なら……愉しみだと思った。



6周年感謝*HAPPY*完



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