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〜吹雪回想〜

北海道の美しい自然のなかで僕は育った。
今は白恋中の二年生。寮生活も楽しくて、大好きなサッカーに打ち込む毎日だ。

ただ……僕には家族がいなかった。
そればかりか七才より前の記憶もない。記憶もだし、記録……写真とかも残っていなくて、すこしさみしい。

僕は誰で、どこから来たのだろう―――という頼りない気持ちを、いつも心のどこかで抱いている。
優しいみんなに心配かけないように、小さな不安くらい笑顔で繕うようにはしていたけれど。


今日は積雪のせいで、サッカーの練習は中止。
それ自体この町では珍しくないことだ。

でも、それだけじゃ済まない日になった。

そうとは知らずに校門を出た僕は、帰り道を歩き出す。
この門をくぐるのが最後になるとは思いもよらずに―――


寮までの道は二キロほど。
バス停一つと数軒の農家があり、広大な土地や近辺の山々を覆う真っ白な雪景色はいつもと同じ。
牛たちも寒いだろうなあ……と思いつつ、向こうの牛舎を見ながら歩く僕の耳に、近くにいた女子の声が飛び込む。

「え……ちょ、何あれ?」
「うそ、超イケメン〜〜」

僕は彼女たちの視線を追って、反対側の空き地を見た。

色めきたつ……とはこのことを言うんだろう。
周りはただならぬ雰囲気……真冬なのにその辺りだけお花畑みたいな空気に包まれている。

気づけば、先に帰ったはずのクラスメイトの女子たちも、あちらこちらで立ち止まり“彼”を見ていた―――

「コスプレにしちゃ凝ってるな、牛車まで本格的だぜ」
「てかこれ、もしかして大河の撮影じゃね?」
「んなワケねーだろ、カメラとかどこにあんだよ?」
男子たちも物珍しげに何度も振り返りながら通り過ぎていく。

僕もすっかり目を奪われて……足が止まってた。

立派な牛車や、艶々な毛並みの真っ黒な牛にも驚いたけど、その前方に立つ凛々しい美男子に釘付けになったんだ。
彼をどこかで見たことある気がして。
テレビ?ううん、違う。たしかあれは……

思い出そうとすると、脳裏に炎のような影がよぎって目眩する。
なんでだろう……苦しいほど胸が疼く。


「お待ちしておりました、吹雪殿」

いつの間にか僕は引き寄せられるように “彼”の前に立っていた。
落ち着いた声に心揺さぶられ、顔を上げると、綺麗な切れ長の目が深い色をたたえて僕をまっすぐに見返している。

「君は……誰? どうして僕の名前を……」
上擦る声に構わず僕は訊ねた。

「私は豪炎寺修也です。貴方の護衛としてお迎えに上がりました」
「ごうえんじ……くん……?」

濃霧に包まれた手探りのデジャブ感がもどかしい。
護衛とか迎えとかわけがわからないけれど、それより今は彼のことで頭がいっぱいで。
懐かしいような、不思議な感覚に心がざわめく。

「さあ、参りましょう」

彼が僕の手をとった。
「キャ〜〜」
いつの間にか僕ら二人を取り巻く女子たちから、うっとりした黄色い声があがる。

そのまま牛車の方へ導かれると、自動ドアのようにするすると御簾が上がった。

あろうことか、彼のエスコートに任せてそのまま素直に牛車に乗せられてしまった僕。

「姫君らも皇子の付き添い有り難う」
彼が口の端でニッと笑むと、女の子たちもメロメロで、この状況を冷静に見る能力なんてすっかり奪われているようだ。

「ここからの皇子のお供は私がさせて頂く。君らは代わりにこの“式皇子”と、春が来るまで楽しい時を過ごしてくれ。では」

振りむきざまに豪炎寺くんが放った小さな白い紙のようなものを目で追うと、な、なんと―――

ボワンと僕がもう一人現れて、こっちを見てにこやかに牛車の僕らに手を振りはじめた。


「やーん、平安貴族様マジかっこいい〜」
「キャ〜吹雪くんが二人とか、イリュージョンも美味しすぎ」
「いってらっしゃ〜い♪」

いってらっしゃい……って。


これっていわゆる“誘拐”なんじゃ?

でも誰ひとりこの摩訶不思議な展開に待ったをかけるものはなく、夢見心地の女子たちと自分の分身に見送られ、僕らを乗せた牛車は動き出す。
僕は覗き窓のような小さな木戸をスライドさせると、にこやかに手を振る皆がしだいに霞みがかっていくのが見えた。

―――僕のいた世界が消えていく―――

「誘拐などではありませんよ、皇子」
「っ……!」
心を読んだような言葉をかけられ、僕は驚いて小窓から目を離す。

「あの分身は陰陽師の使う式紙というもの。あちらの世界で貴方の代わりを努めさせます。急に消えるのでは皆も寂しがるでしょうから、春になり進級の際に町を移られるという形でお別れしようかと………平成の世の言葉でいえば“転校”というのでしたか」

「……そう……なんだ」

豪炎寺くん……だったっけ。
彼の妙に真摯で揺るぎない態度に、なんだか僕も納得させられてしまう。
白恋の皆に心配をかけずに済みそうだとわかったことも、大きかったのかもしれない。


「君は本物の陰陽師……なの?」
「ええ」

「……てことは……平安時代とかの人ってこと?」
「その通りです」

豪炎寺くんは僅かに目を細め、口の端を綻ばせた。

「元はといえば貴方も同じ時代のお方なのですよ、殿下。お会いできるのを心待ちにしていました」

「え……」
凛々しくて優しい。
なんて表情をするんだろう……僕の胸がドキンと高鳴る。
「あり……がとう。でもごめん。僕何も……わからなくて……」

「それは仕方ないことです。今まで平安の記憶が封じられていたのですから」

「え、じゃあ……」
七歳までの僕の記憶が無かった手掛かりも、もしかしたらここにあるのかもしれない……と僕は胸を騒がせる。

豪炎寺くんは慈しむような目でそんな僕を見つめ、おでこにスッと中指と人差し指を揃えて当てた。

「移動の間だけ少し眠るといい……次に目覚めたときから、貴方の中で平安の時がまた刻みだす。それとともに記憶も紐解かれていくでしょう。ゆっくりと……」

「……え……でもあの……」

「大丈夫。俺が傍にいます」

見知らぬ空間で意識を失う不安に少し焦ったのも束の間、ほんわりとした心地よさに心身を包まれ力が抜けていく。

崩れる身体を抱きとめられた豪炎寺くんのぬくもりだけを残して……僕の意識は遠のいていった。



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修祓師の恋