「いや。俺も願わくば……お前を誰の手にも触れさせたくはない」
豪炎寺は秘めていた気持ちを正直に吐露する。
勘のいい吹雪を麗句で宥めることはできないのはわかっているから。
「無論俺はお前を独り占めできる身分ではない……だが今夜はせめて……」
「え………ちょ……っ」
思い詰めた表情でずいっと膝を前に進める豪炎寺に、吹雪が慌てて後ずさる。
「あの……っ、今のは僕……べつに君を誘った訳じゃなくてっ……」
「じゃあどういう訳だ?」
「や……あっ……」
帯に手が伸びたかと思うとするりとほどかれて衿元が緩む。
「少なくとも俺以外に触れられるのは嫌なんだろう?……俺が触れるのは……いいのか?」
「わか……んないよ……っ」
「じゃあその肌に問うしかないな……」
「ぁ……っ……」
頬が熱い。頭ものぼせて何も考えられないまま腰を引き寄せられ、乱れた上衣から覗く白い肌に豪炎寺の熱い息がかかる。
「だ……めっ。順序が違っ……」
「………順序?」
胸元に触れようとした唇が止まる。
羞恥に耐えながら吹雪は必死で言葉を押し出した。
「まずは……ファーストキス……から……あげたいんだ」
ファーストキス。
その大事そうな言葉を受け止めた豪炎寺は、前のめりの姿勢を一旦正して深く息をつく。
「順序とはつまり、最初にまずは唇を合わせる……ということだな?」
確かめるように訊く豪炎寺は、欲望を滲ませてはいるが優しい顔をしている。
吹雪は頷いて、ぎゅっと目を瞑った。
「では、もとい……」
皺の寄っている吹雪の眉間を豪炎寺の唇が撫でると、ふと表情が和らいで……戸惑いがちに開いた唇に温もりが被さる。
柔らかい唇がじわりと吸いとられて相手の口内に含まれて……離れるまで吹雪は微動だにしない。
「………あ……」
ぬくもりが離れると、それを不服がるかのように眉をひそめて目を開く吹雪。
「息……足りてるか?」
覗き込んだ瞳には涙が溜まり、はぁ……と息を吐くさまがたまらなく可愛い。
「時々唇を離すから、その時に息を補給しろ」
また近づく豪炎寺の唇が囁いた。
「ん……」
熱い息に触れられながら目を閉じて頷く吹雪……早く続きがほしくて胸を疼かせ両腕を豪炎寺の首に絡める。
ファーストキスって、どこまでを言うんだろう……?
触れた最初の一回?
それとも、息継ぎで離してまた触れあって……丁寧に何度も重なるのもぜんぶなのかな………。
たぶん……後者だ……。
途切れとぎれの思考と心地よさの中で、夢中になって豪炎寺の唇を受け止めているうちに……軽くなっている身体にふと気づく。
「え……わっ………何するのさっ!!」
驚くのも無理はない。
吹雪は豪炎寺の腕のなかでいつのまにか全裸にされ、彼を挟むように脚を開かされていたのだから……。
「ちょ……っと待って!まだ早いよっ!!」
吹雪は真っ赤になり、脱がされた着物を引っ張り上げて裸体を隠した。
「すまない。また順序が違うのか?」
豪炎寺は冷静に謝ると、脱ぎかけていた自分の上衣で吹雪を包みこむ。
「確かに身体に兆しがないようだ。何が足りないのか教えてくれ」
「き……兆し……?」
混乱した頭で、吹雪は考える。
そう。豪炎寺の言う通り何かが足りないのだ。
何か大事なことが……。
「あ………」
吹雪はハッと気づいて豪炎寺の前に正座する。
「わかった………」
大事なことを忘れていた。
キスよりも先に確かめなければならないこと―――
「君の……気持ちをまだ聞いてないよ」
「気持ち?」
「そうだよ。そもそも……違うんだ、ここの世界の感覚が」
吹雪は掛けてもらった上衣をぎゅっと前で掴んで閉じ、拗ねたようにその中に鼻先を埋める。
「成人したからって、身体も大人になるなんて儀礼的すぎるよ。気持ちが置き去りじゃないか」
「気持ち……とはどういう意味だ?」
儀礼なのだから、儀礼的だと言われても仕方ないのだが……豪炎寺は吹雪の思いを理解しようと優しく聞き返す。
「平成では……こういう体験する時期なんて人それぞれさ。好きな人が見つかって……その人と思いが通じあった時にするんだよ」
「……なるほど」
豪炎寺が吹雪を真っすぐ見つめて言う。
「成人するか否かは関係なく、思いが通じあった証として身体を通い合わせるんだな」
「まあ……そういうことかな」
吹雪はなんとなく照れくさくなって目をそらしながら頷く。
「つまり、吹雪に兆しがないのは……俺への思いが無いということか」
「えっ!?」
「だが俺は……」
豪炎寺が吹雪を抱きしめる。
腕ごと抱かれたがんじがらめの状態で、密着しすぎた身体を少し戻そうとして彼の身体の下のほうを手で押すと……何だか硬いものに押し返されてドキリと鼓動が跳ねる。
「え……っ……」
せつなげなため息とともに、豪炎寺が耳元で囁いた。
「お前が愛しくて……俺はこうなってるんだぞ」
「………」
吹雪はごくりと唾を呑み込み、そっと豪炎寺の下半身に手を這わせた。
手探りでほどいた袴の中に入れた手が、布を押し上げる熱い剛直に触れる。
「……あの……」
「初めて会った時から、お前は……俺の心を動かした。これはお前以外誰にも感じたことのない気持ちだ」
顔は見えないけれど、下がさねを通して熱い鼓動が頬に伝わる。
初めて会った時……って?あんな小さな頃から僕のことを……?
7年も隔たれていたのに?
その証のひとつが彼の身体の反応だと思うと……その熱の連鎖を受けて、吹雪の奥が疼きはじめる。
「あの、ここ……見て…いい……?」
返事を聞かずに袴に顔を埋める吹雪。
「おい……」
ただでさえ暗い灯りの下、身を寄せあう影で何も見えないまま布を掻き分けて、ぬるりと湿る屹立の先端を吹雪は舌で探りあてる。
「くっ……」
添えていた両手にビクンと増幅する熱と脈動が伝わった。
「止せ。お前にそんなことをさせては……」
彼の手が小さな頭を支えて引き離す前に……吹雪は迸る欲望の苦みを小さく吸い取った。
「好きな人を思って……こうなって……それから……どうなるの?」
とろんとした表情で訊ねる吹雪の片手の指を外して、組むように握る豪炎寺。
「知りたいか?」
豪炎寺は己の昂りに添えられている吹雪のもう片方の手ごとその熱を包むと、ゆっくりと扱きはじめた。