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前祝い

祓いを終えた翌日。
距離が縮まったままの二人のあいだには、優しい時間が流れている。

「ねぇ、豪炎寺くん。ごはん食べたらまたサッカーしたいんだけど……いい?」

朝一番から球を追いかけて汗だくになった体を、あの池で清めた。
昼食は干し飯に食らいつくという少々ワイルドなもので、それもまたハイキングみたいで吹雪をわくわくさせる。

「ねぇ、ったら……豪炎寺くん。いい?」
「……ああ。わかった」

有り余る勢いに押されて豪炎寺が苦笑まじりに頷くと、吹雪は目を輝かせる。
皇子とその護衛。
今は二人だけでいるから……友だち同士のやりとり。そして、それ以上の思いを秘めあう甘酸っぱい空気も見え隠れしていた。

都を離れた山あいの閉ざされた空間で、式紙が身の回りの世話をしに現れる以外は、豪炎寺と二人きりの生活。
これがつかのまの楽しみであることはわかってる。

平成から平安の世に戻り、再び刻み始めたここでの時間とともに、少しずつ取り戻していく記憶や感覚がなんとなく悟っている。
これからは平成の世で普通の中学生として過ごしてた頃よりもずっと、自分は重い責務と多くの制約を背負っていくのだろうと―――

それでも吹雪はこの時代で生きていくことに抵抗はなかったし、むしろ楽しみだった。
そう思えるのは、豪炎寺がそばにがいてくれるからに違いない。


「ふぅ……君はほんとにサッカー強いねぇ」
「お前こそ、いい動きじゃないか」

結局午後も蹴球に明け暮れて、また池に入った。
何度も禊の水に浸した吹雪の身体は一層清らかで美しい白さを放ち、水滴を弾くみずみずしい肌から豪炎寺は眩しげに目をそらす。

昨晩物の怪に煽られた吹雪への疚しい欲が、まだ体内で燻っているのだ。


ほとりで寛ぐ吹雪の傍らで持て余す熱を冷ましていると、うとうとしながら身を預けてくるから堪ったものではない。
支えるように寄り添って、無垢な寝顔を見つめていた豪炎寺は、山に近づく人の気配を察知してふと顔を上げる―――

「ん……どうかしたの?」
豪炎寺の些細な動きを読み取って、吹雪も目を開ける。

「一行が、来たようだ」

そう言って立ち上がり歩いていく豪炎寺の背中を、吹雪も追う。

視界の開けた場所からふもとを見下ろすと、停められた数台のきらびやかな牛車から十数人の人々が降り立つのが見えた。

「あれは皆、皇室に仕える者たちだ。加冠の儀の準備に参ったのだろう……」
「カカンノギ……?」

「ああ。お前の元服式のことだ」

辛うじて言葉はまだ対等のままだが、一行を見下ろす豪炎寺の横顔はすっかり官人の顔になっている。
それを見た吹雪の瞳が少し淋しげに曇る。



「さあ、皇子様。どうぞ」

昨夜豪炎寺と二人で泊まっていた拝殿は、いろいろなものが運び込まれていつのまにか御所のように様変わりしている。

「今上天皇から賜った“前祝い膳" でございます」

御引直衣を身に纏い、臣下にうやうやしく導かれた雛壇で、吹雪は目をパチクリさせた。

「これ……全部僕ひとりで頂くのですか?」
「さようでございます。さあ座におつきくださいませ」

いつもより少し遠目から見守る豪炎寺の隣には、彼の現在の師匠である研崎大師がいた。

「驚いた。まだ幼い少年ですね」
「ええ、見た目はそうですが案外動じないところもある。優れた天子の器ですよ」
豪炎寺は研崎にはっきり返すと、少し固い面持ちで別の話を切り出す。
「ところで師匠、ひとつ相談があります……」

狼神を祓った時から、豪炎寺はどうしても拭えない不安があった。

都の守り神、北の玄武、南の朱雀、東の青龍、西の白虎。

師は青龍を仰ぎ、自分はその教えを受けつつも、炎を司る朱雀の力をもって術を使う。
また、かつて幼い吹雪を襲った金の大蛇は玄武の筋と云われ、昨夜の狼が仮に白虎にかかわるとすれば―――四神は都を守ると言えども、どの神も時に荒ぶるのは明らかだ。

そして狼は人を乗っ取り、異質な炎の気を欲しがった。
龍も大蛇に化けて、天子を狙った。
陰陽師は四神を操る力があるとはいえ、いわば彼らは猛獣のようなもの。何らかの意志を持ち、人を操り時には牙を剥く。

天子に仕える陰陽師でさえ彼らを操るつもりで操られ、知らず知らずのうちに都を物の怪に明け渡す手助けをしかねないのでは―――と感じていたのだ。

「四神の神体に改めて参りたい?」
「はい。今回皇子から祓った神も、四神に由縁があると思われるため、封じ込めているのを見届けたく、この機に一度……」

大師は“今さら何を”という顔をしながらも渋々頷いた。

「まあ加冠の儀の間なら君の他にも護衛は沢山いるし、いいでしょう。但し晩までには戻ること。いいですね?」

「はい。ありがとうございます」
豪炎寺は頷いて下がった。


吹雪のところへ戻ると食事が始まっていた。

鮑、鳥の肉に鯛……迷うほどの海山の幸を前に、吹雪は戸惑いながらも少しずつ箸をつけている。

「このチキンおいしいね」
「いや、それは雉だろう」
「ふぅん……でもいけるよ」

「貴殿のいた時代のものと比べると、随分薄味じゃないか?」
「うん、僕もともと薄味が好きだから良いんだ」

何ごとも柔軟に受け入れるところが吹雪のいいところだ。

対峙する二人の間には段差もあり、もちろん豪炎寺は控えているだけで一緒に食事も摂れない。

吹雪もにこやかに振る舞ってはいるが、この状態に居心地よさを感じているようにはとても見えなかった。


「そういえば君とさっき話してた人は誰?」
食後の温かいお茶を一緒に飲みながら、吹雪が何気なく訊く。

「ああ、研崎大師…俺の師匠です。明日の段取りを確認していました」
「へぇ……どんななの?」

「午前に本殿で儀式を行い、夜はまた夜で少々何かが……」
"添い寝" の通過儀礼のことは、明確な説明を避けた。
そういう話は女官の仕事、男同士でするものではいとされていたからだ。

「そっかぁ……僕もいよいよ明日から“大人" になるんだね」

「ああ。今夜は明日に備えてよく休んでおくといい」

何も知らない吹雪の無邪気な言葉を、豪炎寺も控えめな距離感で受け止めて返す。
公の場では仕方のないことだった。

「ん………ふぁあ……言われなくても今日はよく寝れそう……」
ハードな運動の適度な疲労と満腹感で、吹雪は小さな欠伸を噛み殺す。

心地よい眠気に包まれた皇子を女官たちに引き渡した豪炎寺は、夜明け前、研崎大師に護衛を委ねて一人で山を下りた。



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修祓師の恋