飴欲しさに


今日も報告が終わって閻魔庁から帰るところ。
まだ奴には会っていない。できればこのままお目にかかりたくないのだが、そう思えば思うほど遭遇率は上がると思うのです。
廊下の角を曲がったところでそれにぶつかった。

「おや、名前さん」
「出た!!」

自分でも凄まじい反射だったと思ったのに、このドS鬼神はがっちりと腕を掴んできた。
易々と逃がしてくれる気はないようだ。

「人の顔見るなりそれは酷くないですか?」
「当たり前です。暴力振るって来る人を誰が歓迎しますか!」
「それにしてもさすがですね」

一体なにが。私はもうこの鬼とは関わりたくない。

この間この鬼の部屋で何があったと思ってるんだ。
部屋に連れ込まれてベッドに放り投げられて、このシチュエーションはまさか!?と思っても、そんな甘いことがあるわけもなく。
ただただ痛め付けられて嫌になっちゃう。女性に暴力振るうなんてろくでもない奴だ。
暴力っていうか、あれ完全に調教だけど。この鬼、拷問して楽しんでるから怖い。
普段から亡者拷問してるっていうのに、なぜ私が同じ目に。

「私の拷問に屈しなかった人は初めてですよ」
「一体今まででどれだけの犠牲者が…」

常習犯の台詞は迫力がある。そしてそろそろ手首痛いんですけど。
だいたい、この鬼はなんで私なんかに目をつけたんだろう。
私の快適地獄ライフがこの鬼のせいで崩れつつあるのだ。
毎日毎日ちょっかいかけてきて、痛い目に遭うのはごめんだ。

でも理由は聞かないほうがよかったかもしれない。だって

「なんというか、矯正しがいのある人を見るとつい」

とか言い出すんだもの。

「頭おかしいんじゃないですか?」
「ほら、あなたはそういうことを臆さずに言う。だいたい私を見ると怖がる人が多いので新鮮なんです」
「本当にろくでもない奴だ」

こんなのが地獄のナンバー2だなんて本当に地獄だ。
いや、地獄的にはそれでいいんだろうけど、私にとっては阿鼻地獄。
それはもう関わりたくない鬼なのだ。

「それはそうと名前さん」
「なんですか。手が紫色になってきてるんですけど。離してください」
「毎日大王に提出している報告書。私に会うのが嫌なら他の人に頼めばいいんじゃないですか?」
「人の話聞けよ」

ピクリとも動かないよ。完全に聞こえないフリだよこの鬼。
そして何か言ってるし。

「あなたは命令できる立場でしょう?部下を使えばいいじゃないですか」
「いいじゃないですかそんなこと」
「本当は私に会いに来ているのでは?」

わぁ、何言ってるんだろう。
そりゃあ最初は鬼灯様に会えればなぁ、と報告書提出の任を受けたけど、今ではそんなこと一ミリたりとも思っていない。
だって会う度に痛い目に遭うんだよ?誰がそんな奴と会いたいだなんて。
不機嫌な態度を取っていれば、掴まれていた手がパッと離された。
止まっていた血が流れ出して、変色していた手が元に戻っていく。手首には思い切り握られた痕が残っていて軽くホラーだ。

「私に会いたくないからと時間をずらしたり歩く場所を変えているようですが、いつもローテーションですよね」
「はい?」
「まるで私に見つけてと言っているようだ」

そんな馬鹿な。毎回毎回どうすれば回避できるかと裏口から入ったこともあるのに。
ローテーションだなんて私は騙されない。

「先週のこの時間。あなたはここで私と会っていますよ。そうですね…確か金棒をぶん投げました」

先週のことなんか忘れた。どうせ痛い思いしかしてないし。
でもそうか…金棒ぶん投げられたような気はする。背中に直撃して次の日まで痛かったあれだ。
確かにそのときもここだったなぁ……あれ?

「無自覚なのかわざとなのかはわからないですが、名前さんは照れ屋なのですね」

薄く口元に弧を描いて何言ってるんだろうこの鬼。

「ではまた明日」

ぽん、と頭を撫でられて顔を上げれば、この鬼はふ、と口元を緩めながら身を翻した。
全て見透かしているような余裕な表情。

そうだ、いつも痛めつけられては最後にこうして優しいことをしてくる。
あの日だって全身痛くて悶えていた私を優しく抱きしめたんだ。
それが心地よくて私はそのまま眠ってしまった。

「そういうことするから我慢してるんじゃない…」

痛いのだって理不尽な暴力だって。
嫌ならとっくに部下に押し付けている仕事だ。別に私じゃなくてもいいのだ。あんな報告書なんて。
恥ずかしさや嬉しさよりも、見透かされたことに対しての苛立ちの方が大きくて、やっぱりまた悪態を吐くことしかできない。

「あのドS鬼神、本当に大っ嫌い」

明日は違うルートにしてやる。なんて足早に閻魔殿を出た。
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