かわいいところもある


「名前さん、おはようございます」
「おはようございまーす」

出勤してきた名前は鬼灯への挨拶もそこそこに書類を抱えて執務室へ入っていく。
本当はスキンシップでも図りたかったのだが、その前にかわされてしまった。
鬼灯は名前の後姿を眺めながら頭を掻いた。

「名前ちゃんはあまりべたべたしないよね」
「しなさすぎです。恋人にあの反応ですよ。普通もっとこう…せめて笑顔で挨拶するとか」

事務的な名前の反応に鬼灯は小さくため息を吐いた。
付き合い始めてもう数ヶ月は経つが、実際の関係はあまり変わっていない。
朝出勤してきても、名前はいつものように軽く挨拶を交わして仕事に向かってしまう。
だからと言って手を繋いでくれないとか、キスをしてくれないというわけではないのだが。
よくありがちな好き好き攻撃が名前にはない。

「でもさ、面倒事がなさそうだよね。ほら、恋人同士によくある諍いとか。たとえば…浮気とか嫉妬とかさ」
「まぁ、浮気をしたらすぐに別れると言われるでしょうね。嫉妬なんて名前とは無縁でしょう」

でも、と鬼灯は息を吐いた。諍いがないのは良い事だが、なさ過ぎるのもどうかと思う。
せっかくの恋人同士のイベントなのだ。それを乗り越えて愛を深めるという手段もある。

「そういうことに無頓着というか、サバサバしているというか。少し寂しい気もしますね」
「鬼灯君って意外と…」

甘えられたいんだね。そんな言葉は鬼灯からの無言のプレッシャーに飲み込むしかない。
珍しく自分から仕事を始める閻魔に、鬼灯も書類を抱えた。

そんなところにやってきたのは、巻物を抱えたお香。小走りで鬼灯の元へ駆けてきた。

「鬼灯様、これなんですけれど…」

どうやら数字が合わなくて困っているらしい。その巻物を広げながら鬼灯は目を通していく。

「これはこの前のと同じですね。きっと担当の獄卒が面倒だからと確認もしないで丸写ししたのでしょう」
「さすが鬼灯様ねぇ。私気がつかなかったわ」
「たまたまですよ。それよりその獄卒には指導が必要なので、誰かわかったら知らせてください」

ほどほどにね、と困ったようなお香に、鬼灯は「ぬるい」と眉間に皺を寄せる。

「朝から怒ってたらもたないですよ。私からしっかり言っておきますので」
「しかし…」

ころころと笑うお香に、鬼灯も毒気を抜かれてしまう。
ね?なんて書類を受け取られ、鬼灯は「そこまで言うなら」と珍しく折れた。

「鬼灯さんってお香さんと仲良いですよね…」
「わ、名前ちゃんいつからそこに!?」

そんな微笑ましい光景を眺めていた閻魔は、横からの声に思わず体をビクつかせた。
判子ください、と閻魔大王に数枚の書類を差し出す名前は、二人の様子を机の陰から窺った。
いつの間にか話は何気ない世間話に変わっている。名前は少しだけ口を尖らせた。

「やっぱり気になるの?」
「いえ、別に。二人は幼馴染って聞いてますから。それに恋人同士だからって縛るのは違うと思います」
「相変わらずクールだねぇ」

もう少し構ってあげたら?なんて余計なお世話だろう。
閻魔は判子を押すと名前に書類を渡した。名前もそれを確認すると頭を下げた。

「でも…」
「うん?」
「…いえ、なんでもありません」

名前はにこっと微笑むと執務室へ戻って行った。
鬼灯の方を見れば、こちらもお香が戻っていく。
今度こそ書類を抱えた鬼灯は、名前と同じ執務室へ向かった。

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