二人になってもいいことはない


今日はなんだかおかしい。
仕事をサボって甘味処にいたら鬼灯様に見つかって、上手く逃げられたと思ったら視察先の地獄で会うし。
でもサボっていたことは怒られないし、ラッキーと思っていたら突然怒られるし。

どうなってるの?

それに甘味処で撒いたのに視察先で会うっていうのは変だ。
物理的におかしい。距離とか時間とか考えても絶対に無理だ。
私に追いついたのならわかる。
先回りして既に視察を終えていたのだから、おかしいのだ。
まるで鬼灯様が二人いるみたい。

そして私は今ピンチなのだ。
仕事をサボって適当に書類を作ってたのがバレて鬼灯様の怒りを買ってしまった。
壁越しに私を探している鬼灯様を確認する。
よし、そっちに行った。私は逆方向に行こう。
くるりと踵を返せば角だったこともあり、誰かにぶつかってしまった。

「うわっ、すみません!」
「…名前?」

反射で謝れば、私の前には見慣れた…鬼灯様!?あれ、だって今そっちに…。
振り向いてみてももうその姿は見えない。
鬼灯様って瞬間移動とか使えるの?もしかしてアニメとかでよくある能力者なの?
頭が混乱してくる。まずは逃げないと。

「どこに行くんですか。仕事はどうしたんです?」
「え、えっと…」

トイレに行ってました!と見え見えの嘘を吐けばすぐにバレる。
でも鬼灯様はそんなに怒っていない。
さっきは物凄い鬼の形相で追いかけてきてたもん。鬼だけど。
「またサボりですか」と呆れた様子の鬼灯様は睨んでくるだけだ。
ラッキー。何かよくわからないけど金棒とか飛んでこないからラッキー……。

「痛っ!!?」

調子に乗っていたら後ろから金棒が飛んできた。
なぜ後ろから。一体誰が、と思って再び振り返る。
あれは鬼灯様じゃないですか。すっごい怒って睨んでる。うわ、こっち来てる。

「…あれ?」
「どうしました?」

逃げようと思って前を向けばここにも鬼灯様。後ろにも鬼灯様。
おかしい。私の目がおかしくなってしまったのだろうか。
鬼灯様が二人いるんですけどこれは…。

「やっと捕まえました。ちょこまかと…」
「その様子だと今日のサボりは一度目ではないようですね」
「どうなって…」

普通に話してる。同じ顔で同じ声の二人が喋ってる。
異様な光景に襟首を掴まれていることなんて気にしてられない。
気がつけば二人に睨まれている。完全にどう調理してやろうかって目をしている。
二人になって怖さ倍増。ここから逃げ出すのは至難の業だろう。

それよりもなぜ鬼灯様が二人に…。
ぽかんと二人を見上げている私の姿は間抜けだろう。
鬼灯様はそれに気がついて説明してくれた。

「簡単に言うと魔女の谷の薬で分身したということです」
「さすがジャパニーズニンジャ」
「薬の効果だと言ったでしょう」

わかりましたから拳骨で殴らないでください。
だいたいなんでそんなもの、と聞けばリリス様に嵌められたらしい。
リリス様も悪戯が好きなのだろうか。でも鬼灯様に悪戯なんて、さすがとしかいえない。
特に仕事に支障が出るわけでもなく、むしろ二人になって効率がよくなっているからと、特にお咎めはなかった様子。
薬の効果なら元に戻ることもわかっている。

そんな説明を聞きながら私はうな垂れた。
監視の目がいつもの二倍。サボれるものもサボれなくなる。
仕事の効率が上がって捗るにしても、私にとってはあまり嬉しくない。
だってほら、二人ともなんだか怒ってるし。私がサボってたことを報告してるし。鬼灯様が鬼灯様に。
やっぱり異様な光景。

「仕方ない。せっかく二人いるんですから私が付っきりで監視します」
「それがいいですね」
「え……」

そんな。鬼灯様が付っきりで監視って、絶対にサボれない。
ほら、もう逃げられないように手とか繋いでるし。執務室に戻ればピタッと隣にくっついてくるし。
じっと見つめられる視線はチクチクと刺さってるし。
なにこの状況。それになんだか…恥ずかしい。

「あの、鬼灯様。ちゃんと仕事しますから離れてください」
「隙を作れば名前はすぐにサボりますからね」
「サボりません!約束しますから」
「…仕方ないですね」

はぁ、やっと離れてくれた。
隣の机ではもう一人の鬼灯様が仕事をしている。
で、こっちの鬼灯様は仕事もせずに私を監視。
いいなぁ、私も分身したい。もう一人の自分に仕事を任せてサボりたい。
羨ましいと書類に落書きをしていれば、私の体が浮いた。え、浮いた?

「ちょっと、何してるんですか!?」
「サボらないと約束したでしょう?破ったので文句は言えないですよ」
「だからってこれは…」

なぜ鬼灯様の膝の上で仕事をしなければならないんでしょうか。
腰に手なんか回しちゃって、すごく居心地が悪い。
下ろしてくださいと言っても聞き入れてくれるはずもなく、鬼灯様は私の肩に自分の顎を置いた。

「ほら、それ間違ってますよ。修正してください」
「耳元で喋らないでください。それに仕事しづらいです」
「名前、追加です」
「見てないで助けてくださいよ!」

もう一人の鬼灯様が何食わぬ顔で追加の書類を机に置いた。
少しくらい突っ込んでもいいのに。なにしてるんですかとかさ。
それに目の前で私をじっと見て、何やってるんですか。仕事は…。

「休憩です」
「ずるいです。私も休憩」
「何を言ってるんですか?ひとつも終わってないのによく言えますね」
「名前、口を動かしてないで手を動かしなさい」

前から後ろから怒られて私はどうしたらいいんですか。
休憩と言いつつ監視するなんて酷い。
もうサボれる状況じゃないのはわかってるのに。

「仕事やりますから…お願いだから二人で見るのやめてください。怖いです」
「私はあなたの監視ですから」
「私はただの休憩です」

そうやって屁理屈を言う。文句を言おうとすれば後ろの鬼灯様が耳を噛んだ。
そこはせめて甘噛みするとかさ、ガリッて言ったよ。痛いよ。
普通ドキッとするはずなのに違う意味でドキッとした。耳取れるかと思った。

「痛いです…」
「嫌なら仕事してください」
「はい……」

これは諦めるしかない。誰ですか、鬼灯様が二人いたら仕事が捗るとか言った人は。
プレッシャーに挟まれて仕事をするなんて…。
耳元で指示出してくるし、目の前で書類じゃなくて私を見てるし。
ちょっとサボろうとしただけなのにこんな仕打ちだ。
リリス様も変な悪戯しないでください!

こんなんじゃ仕事に集中できないし、顔が妙に火照って頭が回らない。
薬の効果が切れる数時間、私は二人の鬼灯様に監視されながら仕事に打ち込みました。
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -